分析法のクオリティ・バイ・デザイン(AQbD)アプローチを使用して、金属キレート化合物および非キレート化合物の混合物を分析するために、超高性能液体クロマトグラフィー分析法は開発されました。DryLab、Empower、Waters の各システムを使用して、分析法開発のプロセスを自動化しました。MaxPeak Premier カラムと組み合わせた Arc Premier システムの性能を、標準のステンレススチール製ハードウェアと比較しました。その結果、Arc Premier システムでの MaxPeak Premier カラムは、ステンレススチール製ハードウェアと比較して、金属キレート化合物の分離に優れた性能を発揮することが示されています。最終の分析法では、MaxPeak Premier BEH C18 カラム(10 cm × 4.6 × 2.5 μm)、有機溶媒として 0.1% ギ酸アセトニトリル溶液、10 mM ギ酸アンモニウム含有の水系移動相を使用します。この分析法では、ピーク間の優れた分離、理想的なピーク形状、高い回収率、良好な再現性が示されました。例えば、USP テーリング係数は、リン酸化合物などのすべてのピークについて 1.1 以下でした。これらの結果により、金属キレート化合物の分析に MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを使用することは、金属表面との望ましくない相互作用を緩和し、優れた分離を達成するために非常に有益であることが示されています。
ステンレススチールは、耐腐食性1、製造しやすさ、およびさまざまな化合物に対する不活性により、液体クロマトグラフィー装置およびカラムの構築に最も一般的に使用されてきた材質です。ただし、金属キレート化合物やルイス塩基などの特定のクラスの分析種は、これらの金属イオンの電子不足の性質により、金属表面の酸化膜と相互作用する場合があります。例えば、リン酸基やカルボキシル基などの電子が豊富な分析種は、クロマトグラフィーシステムの流路内のステンレススチールの電子不足の表面に簡単に吸着されます。このような相互作用により、クロマトグラフィーピークの形状不良、重大な分析種損失、不正確な定量が発生する可能性があります2,3。
この問題に対処するために以前に使用された 1 つのアプローチは、EDTA、クエン酸、アセトンなどの金属キレート剤を移動相に添加することでした4-7。 これらの添加剤には可能性のある利点があるにもかかわらず、これらのキレート剤を使用すると、クロマトグラフィーの選択性および MS 検出感度に望ましくない影響を及ぼすことがあります。金属表面と金属感受性の化合物の間の相互作用に対処するために以前に使用された別の手段としては、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などの金属が含まれていないカラムの使用が挙げられます。液体クロマトグラフィーカラムでの PEEK チューブの使用は有用であることが示されていますが、大きな欠点がありました。例えば、PEEK には、超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)に通常必要な超高圧(5,000 psi 超)に耐える機械強度がありません8。さらに、PEEK チューブは、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、塩素化炭化水素などのいくつかの有機溶媒に適合しません9,10。
これらの問題を克服するために、ウォーターズは最近、MaxPeak High Performance Surfaces (HPS)と呼ばれるテクノロジーファミリーを開発しました。MaxPeak HPS LC 表面は、エチレン架橋ハイブリッド(BEH)クロマトグラフィー粒子に類似している高度に架橋された層で構成されます。これらの表面は、金属表面との望ましくない相互作用を軽減することで、分析種の回収率、感度、再現性を向上させるように設計されています。
このアプリケーションノートでは、MaxPeak HPS システムおよび MaxPeak HPS カラムを使用して、金属の影響を受けやすい医薬品/類縁物質を分析するための UHPLC 分析法を開発しました。これらの化合物は、2 種のリン酸化合物である有効医薬品成分(ヒドロコルチゾンリン酸エステルトリエチルアミンおよびデキサメタゾンリン酸エステルナトリウム)と、3 種のデキサメタゾンリン酸エステル類縁物質です。これら 5 種の化合物の化学構造と名前が図 1 に示されています。分析法開発プロセスは、分析のクオリティ・バイ・デザイン(AQbD)の原理に従って実施しました。これらの原理については、別途説明されています11,12。 簡単に説明すると、AQbD は分析法開発のための体系的なアプローチであり、分析法の性能での相互作用の影響を調査するためにリスク評価と実験計画法(DoE)が組み込まれています。DoE の出力により、Method Operable Design Region(MODR)と呼ばれる分析法の頑健な分析条件の領域が特定されます。
Arc Premier システムにカラムマネージャーおよび溶媒選択バルブを装備して実験を行い、幅広い条件で探索を自動的に行うことができました。この実験では、DryLab4 分析法開発ソフトウェアを使用し、AQbD の原理に従って分析法開発プロセスを自動化しました。
ヒドロコルチゾンリン酸エステルトリエチルアミン、デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム、ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム、デキサメタゾン、デキサメタゾン酢酸エステルはすべて、米国薬局方(USP)(米国メリーランド州 Rockville)から購入しました。これらの化合物の原液は、それぞれの標準試料の必要量を正確に計量し、50/50(v/v)水/アセトニトリル溶媒に溶解して調製しました。次に、これらの原液を使用して、2 種の API と 3 種のデキサメタゾンリン酸エステル類縁物質が含まれる試験混合試料を調製しました。この混合試料は、各標準試料の原液をサンプル溶媒の 90/10(v/v)水/アセトニトリルに希釈して調製しました。混合試料中の各分析種の最終濃度は、ヒドロコルチゾンリン酸エステルトリエチルアミンおよびデキサメタゾンリン酸エステルナトリウムが約 0.1 mg/mL、各類縁物質が約 0.07 mg/mL でした。
LC システム: |
Arc Premie システム、クオータナリーソルベントマネージャー(rQSM)、サンプルマネージャー(rFTN)、カラムマネージャー、および CM-Aux、PDA 検出器、ACQUITY QDa 質量検出器を搭載 |
検出: |
PDA |
カラム: |
1. HSS T3 カラム、2.5 μm、4.6 × 100 mm、pH 範囲:1 ~ 8 2. BEH C18 カラム、2.5 μm、4.6 × 100 mm、pH 範囲:1 ~ 8 |
カラム温度: |
30 ~ 60 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
3 µL |
流速: |
0.5 |
移動相 A: |
0.1 %(v/v)ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
アセトニトリルおよびメタノール(0.1% ギ酸) |
グラジエント: |
10 ~ 90% B/5 分または 15 分*。グラジエントは t = 0 に開始し、2 分間の最終ホールドを行ってから、初期条件に戻しました。 |
UV 検出: |
254 nm |
* この実験では、5 分間と 15 分間の 2 種類のグラジエントを詳しく調査しました。 |
MS システム: |
ACQUITY QDa 質量検出器 |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
100 ~ 500 Da |
キャピラリー電圧: |
0.8 kV |
ソース温度: |
600 ℃ |
コーン電圧: |
15 V |
クロマトグラフィーソフトウェア: |
Empower 3 クロマトグラフィーデータシステムおよび DryLab 4 |
金属キレート化合物の分析に High Performance Surfaces テクノロジーを使用する利点を適切に評価するために、High Performance Surfaces LC システムと標準ステンレススチール製システムを比較することは興味深く、必要でした。そのために、これら 2 つのシステムを並行して使用し、これらの金属キレート化合物の混合物を分離する分析法を開発しました。分析法開発プロセスのさまざまな段階での 2 つのシステムの比較については、今後適宜実証します。
分析法開発プロセスは、前述の AQbD 原理に従って実施しました。これらの原理を採用することで、分析法の性能に与える様々なクロマトグラフィーの影響をより良く理解できるようになります。更に、分析法の性能の目標がすべて満たされる頑健なデザインスペースの定義が容易になります。このデザインスペースは、このスペースの範囲内での調整は変更とみなされないため、規制面で柔軟性であり、「規制当局の承認後プロセス」を必要としません13。 DryLab は市販の AQbD ソフトウェアです。DryLab を Empower と組み合わせて使用し、AQbD の原則に適合した分析法開発を行います。また、必要な分析法すべてを CDS(Empower)内で作成することで、分析法開発プロセス全体を自動化できます。自動分析法開発プロセス用の DryLab-Empower のワークフローには、図 2 に示されている複数のステップが含まれます。各ステップの詳細を、以下に記載します。
分析法目標は、分析法の意図する性能目標および測定の性能基準を説明する分析目的のことです。デキサメタゾンリン酸エステル/ヒドロコルチゾンリン酸エステルおよびその類縁物質の場合、分析法の性能目標には以下が含まれす。
- USP ピークテーリング ≤ 1.5
- ピーク面積 %RSD ≤ 2.0
- 保持時間 %RSD ≤ 1.0
AQbD 分析法開発プロセスのこの部分では、重要な分析法パラメーター(CMP)が特定され、分析法によって生成されるデータの品質への最も大きな影響について評価されます14。必要な分析法性能目標を達成する分析法の性能に最も高いリスクをもたらすパラメーターは、堅実なクロマトグラフィー科学とこれまでの経験に基づいて評価されます。
デキサメタゾンリン酸エステル/ヒドロコルチゾンリン酸エステルおよびその類縁物質について、分析法パラメーターは、文献 15 および科学的経験から得られた分析種の情報に基づいて評価しました。選択性、分離度、保持性、ピーク形状に最も大きな影響を及ぼすと特定されたパラメーターは、カラムケミストリー、金属表面との相互作用、温度、グラジエント時間、有機溶媒組成です。そのため、これらの変数を分析法開発のスカウト段階で詳しく調べました。流速、注入量などの他のクロマトグラフィーパラメーターは、分析種間の分離度に影響する可能性があります。これらのパラメーターは容易にコントロールできるため、重要とは見なされませんでした。
AQbD の原理に従って分析法を開発するため、DOE アプローチを本研究のこの部分で実施しました。前のステップで特定された CMP は、DOE に含まれるように定義しました。試験対象の変数の種類・数に応じて、DryLab ソフトウェア内で分析法開発にいくつかの実験デザインが使用できます。本研究では、3 変数(3D)実験デザインを選択しました。グラジエント時間、3 組の修飾剤組成(メタノール)、温度は、すべてスカウトする変数として選択しました。この DOE に含まれる実験の合計数は 12 であり、これらを各クロマトグラフィーシステムで 2 つの固定相(HSS T3 および BEH C18)を使用して行いました。DOE は選択後に自動的に Empower にエクスポートされ、これらの実験に必要なすべてのメソッドおよびメソッドセットが作成されました。また、必要なすべてのコンディショニング/平衡化メソッドおよびメソッドセットも作成して、エクスポートしました。このパートで試験したすべての分析法パラメータは表 1 に示されています。
すべての実験を 2 つのシステムで実施した後、データは、Empower で解析されてから DryLab ソフトウェアにインポートされました。Empower での解析には、得られたクロマトグラムにあるすべての対象ピークのみを波形解析し、これらのピークの分離度、USP テーリング係数、対称性などの重要なクロマトグラフィーパラメーターを計算する作業が含まれています。そして、各 DOE では、12 の異なるクロマトグラムにわたって、ピークが自動的にトラッキングされました。トラッキングは、表 1 に詳細が示されているように、2 つのシステムについて 4 回行われました。DryLab ソフトウェアにより、異なるクロマトグラムにわたるピークは、それらの面積に基づいてトラッキングされます。この機能を用いることで、妥当な精度でピークのトラッキングを行えますが、手動ピーク割り当てが必要になることもあります。例えば、共溶出の場合、ソフトウェアでは、共溶出するピークの手動の「スプリット」や、ピーク位置の並べ替え・順序変更を行うことで、より正確なピークトラッキングが可能になります。このソフトウェアのもう 1 つの重要な機能、Apex m/z(ACQUITY QDa 質量検出器)の値を自動的にインポートすることで、すべてのピークについてより正確なトラッキングが可能になり、ピークが正確にトラッキングされていることを確認できます。
このステップの結果により、HPS MaxPeak カラムと組み合わせた Arc Premier システムが、標準 ACQUITY Arc システム/ステンレススチールカラムと比較してより優れた性能を示すことが明確に示されています。例えば、図 3 からわかるように、最初のスカウト条件により、MaxPeak HPS とステンレススチールを比較して、ピーク形状およびピーク面積において極端な性能差が示されています。ここで注意する必要があるのは、Arc Premier システムに装備した HSS T3 MaxPeak Premier カラムも、標準 ACQUITY Arc システムに装備したステンレススチール HSS T3 カラムと比較して、優れた性能を示したことです。そのため、分析法開発プロセスの以後の手順は、MaxPeak Premier カラムを使用する Arc Premier システムでのみ行うことに決定しました。
次に、データが解析され、すべてのピークがトラッキングされた後、ソフトウェアによって自動的にモデルが構築され、希望するピーク間の分離が達成できる条件の組み合わせを示すマップを作成します。最初のスカウト条件によって、両方の MaxPeak HPS カラム(HSS T3 および BEH C18)で良好な分離が得られることが示されたため、Arc Premier システムでこれらのカラムについて 2 つの分離度マップを作成し、比較しました。図 4 に、これら 2 つのカラムの 12 回の分析実験に基づいて得られた分離マップの比較が示されています。図 4 に見られるように、元のリニアグラジエントプロファイル 10 ~ 90 %B(0.1% ギ酸アセトニトリル溶液)および tG = 15 分を使用することにより、両方のカラムですべてのピークについて良好な分離が得られました(クリティカルペアの分離度、Rs,crit,. = 2.1)。クリティカルペアの最小限のベースライン分離を達成できる非常に広範囲の実験条件(現在の分析条件の周りの赤色領域)も示されています。両方の MaxPeak カラムの結果は非常に同等でしたが、MaxPeak Premier BEH C18 カラムの方で、ピーク形状とクリティカルペアの分離がわずかに良好でした。例えば、すべての分析種の USP テーリング係数が、HSS T3 MaxPeak カラムでは 1.4 未満であったのに対して、MaxPeak HPS BEH C18 カラムでは 1.2 未満でした。
研究のこのパートでは、過去の実験のモデル(図 5)から得られた最終的な分析法の頑健性を評価しました。この評価では、選択したワーキングポイントでの装置の許容限界と、分析法の変数やパラメーターの変動により発生する可能性のある失敗を考慮に入れています。図 5A に、Premier BEH C18 カラムでの最終分析法の頑健性の評価が示されています。評価の結果から、5 本のピークすべての間での最低分離度 2.1 が、すべての分析にわたって 100% 得られることが分かります。
一貫した性能を得るために実施する必要があるコントロールを決定するため、頑健性とリスク評価の結果に基づいて管理戦略も提案されました。頑健性評価により、ルーチン使用時に予測される分離度の範囲、および分離に最大の影響を及ぼす分析法パラメーターすべてが示されました。例えば、本研究により、分離度に影響を及ぼす最も重要な 2 つのパラメーターは、流速とグラジエント時間であることが分かりました(図 5B)。これは、重要な分離パラメーターを特定することで、より効率の良い分析法管理戦略に寄与します。これらのパラメーターは、装置メソッドを使用してセットアップでき、簡単にコントロールできます。分析法の性能に大きな影響を与えるもう 1 つの重要な要因は、金属キレート化合物とステンレススチール表面の間の相互作用です。そのため、そのような相互作用を解消または低減する表面を使用することで、このリスクは最小限に抑えられます。
頑健性評価に基づいて予測された結果を検証するために、これらの結果を分析種の実際の実験と比較することが重要でした。そのため、頑健性評価で得られた最終条件で、複数の検証実験を実施しました。これらの実験では、予測された性能が、観察された性能と妥当なレベルでよく一致していることが示されました。例えば、図 6 に示されているように、ワーキングポイントの条件の予測(クリティカルペアの分離度 2.1)が実際に検証されました。さらに、開発した分析法の再現性は非常に高いことがわかり、6 回の繰り返し注入で、保持時間、ピーク面積、分離度の %RSD 値は 0.5% 以下でした。すべてのピークの USP テーリング係数が 1.1 以下であることも確認されました。これにより、MaxPeak Premier BEH C18 カラムと組み合わせた Arc Premier システムにより、リン酸化合物について優れたピーク形状が得られることが示されました。
720007272JA、2021 年 6 月