SELECT SERIES™ MRT を用いたヒト尿の高分解能質量分析代謝プロファイリング
要約
複雑な生体マトリックスの代謝プロファイリングは、ヒトの健康および疾患の進行に及ぼす外部要因の影響を理解するのに役立ちます。これらのメタボロミクス研究で利用されるマトリックスには多様な分析種が多く含まれているため、存在するさまざまな化合物をデコンボリューションするための高分解能の装置が必要になります。今回、SELECT SERIES MRT を使用することで、ヒト尿中の未知代謝物について、ppm レベル以下の信頼性の高い注釈が可能になりました。また、高質量分解能を活用することで、検出された同位体微細分布を使用して、元素組成の信頼性をさらに高めることができました。
アプリケーションのメリット
- 信頼性の高い同定により、後続のバリデーションステップの負担が軽減
- 取り込みレートに関係なく、超高分解能と ppb レベルの質量精度が得られ、より幅広い分析法との適合性が向上
- 微細同位体構造により、元素組成の計算の信頼性が向上
- 効率的なガイド付きのインフォマティクスワークフローにより、データ解析と結果の生成が容易に
はじめに
高分解能質量分析は、生体マトリックス中に検出される未知分子の有用な精密質量測定を行うために、メタボロミクス研究で広く使用されています。これらの未知化合物をヒトの研究において同定することは、根底にある生体メカニズム、疾患進行のマーカー、身体に対する外部要因の影響を理解する上で重要です。したがって、これらの測定が正確で精密であるほど、化合物同定の信頼性が高くなります。さらに、最新の装置の高質量分解能により、より微細な同位体パターンを解明することができ、元素組成の決定や付加イオン情報の確認に役立ちます。これらの高分解能装置は、低分解能の装置では困難な、分子量の類似した 2 つの共溶出化合物を区別するのにも役立ちます。高分解能質量分析はそれ自体強力ですが、これらの特性を液体クロマトグラフィーと組み合わせることができれば、メタボロームのカバレッジをさらに高める上で非常に有用です。この分野の研究者はさまざまなワークフローのオプションを使用してデータを解析しますが、それらはすべて、ピークピッキング、ノーマライズ、統計分析、最終的な特性注釈という同じ原則に従って行います1。 今回、ヒト尿サンプルの分析における SELECT SERIES MRT 質量分析計の利用について説明し、Waters™ メタボロミクスワークフローと、サードパーティ製統計ツールとの統合についても説明します2。 SELECT SERIES MRT の独自の機能(ppm レベル以下の質量精度および高速の UPLC 取り込みレートで得られる高質量分解能など)は、重要な特性の注釈の信頼性を高めるのに役立ちます。
実験方法
サンプルの説明
アメリカ国立標準技術研究所(NIST)からのヒト尿サンプルは MERCK から購入しました。サンプルのドナーとして喫煙者、非喫煙者、受動喫煙者の 3 グループからのプールされた尿が含まれていました。プールされた各サンプルのアリコートを、脱イオン水で 1:4 の比になるように希釈し、そのサンプルをボルテックス混合して、13,000 rpm で 10 分間遠心分離しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY™ Premier UPLC™ |
カラム: |
ACQUITY Premier HSS T3、1.8 μm、2.1 × 100 mm |
カラム温度: |
45 ℃ |
サンプル温度: |
4 ℃ |
注入量: |
5 µL |
流速: |
0.6 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
SELECT SERIES MRT |
イオン化モード: |
ポジティブ ESI およびネガティブ ESI |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2400 |
取り込みモード: |
MSE |
装置モード: |
MRT |
キャピラリー電圧: |
3.0 kV |
コリジョンエネルギーランプ: |
10 ~ 40 eV |
コーン電圧: |
40 V |
データ管理
クロマトグラフィーソフトウェア: |
MassLynx™ V4.2 |
MS ソフトウェア: |
MassLynxV4.2 |
インフォマティクス: |
Progenesis QI V3.0 |
結果および考察
データの取り込みおよび解析
プールされた各尿サンプルを 3 回繰り返しで分析し、プールされた品質管理サンプルをバッチの最初と最後に分析して、注入をサンプルリスト全体に散在させました。バッチを開始するにあたり、Waters LCMS QC レファレンス標準試料のシステム適合性テスト注入を行って、保持時間および質量精度などの装置性能を評価しました。続いて、QC サンプルを注入して(n = 10)システムをコンディショニングしてから試験サンプルを分析しました。SELECT SERIES MRT データはすべて、200 pg/µL のロイシンエンケファリンを使用してロックマス補正を行った MSE により、MRT モードのポジティブイオン化とネガティブイオン化の両方で取り込みました。得られた生データファイルは、解析のために Progenesis QI ソフトウェアにインポートし、ここでサンプルに分析のアライメント、ピークピッキング、およびノーマライズを行いました。QC サンプルについて、%CV が 30% を超える特性が選択されてタグ付けされ、その後の統計解析からは非表示になりました。
統計分析
メタボロミクス研究においては、結果の LC-MS データに再現性があり、検出された特性の分散が、分析上のばらつきによるものではなく、サンプルの実際の差の結果であることが極めて重要になります。得られた Progenesis QI ソフトウェアによって生成されたピークのリストを、統計分析のために Metaboanalyst にインポートしました3–4。図 1 のプロットに、主成分分析(PCA)の結果を示しています。異なるサンプルグループの間で良好な分離が見られ、濃い青色のプールされた QC サンプルはしっかりとクラスター化されていました。また、別の各グループからの繰り返し注入も同様でした。これにより、装置の安定性(質量精度、保持時間、シグナル強度)が良好であり、注入のバッチ全体にわたって分析システムの頑健な性能が実証されました。この頑健性により、分析のばらつきが低減し、生物学的ばらつきを十分に検討することができます。
PCA によるグループの分離を評価した後、直交部分最小二乗判別分析(OPLS-DA)を用いてグループのバイナリー比較を行いました。2 つの異なるサンプルグループの間の違いを診断するために、OPLS-DA を使用しました。これにより、対象の 2 グループの間で、どの特性ロード(精密質量と保持時間の対)が特にばらつきに寄与しているかを評価することができます。これは S プロットとして視覚化されており(図 1)、2 グループの最大の差に寄与する特性がわかります。3 グループすべてを OPLS-DA によって分析しました(喫煙者対非喫煙者、喫煙者対受動喫煙者、非喫煙者対受動喫煙者)。ここで、それぞれの比較の上位 3 つの重要特性を、図 1 の S プロットの黒いボックスで強調表示しています。
図 2 の箱ひげ図では、喫煙者と非喫煙者の間の一部の特性の有意性とノーマライズした存在量を強調表示しており、これらの特性がこれらの試験グループ間のばらつきに大きく寄与していることを示しています。
超高度精密質量を用いた信頼性の高い化合物の注釈
使用可能なデータベースおよびライブラリーからの化合物注釈に信頼性を与える上で、SELECT SERIES MRT によって得られる正確な ppm 以下の質量測定値が重要になります。正確な MS/MS フラグメントイオンの情報を組み合わせることで、注釈の信頼性をさらに高めることができます。OPLS-DA によって決定された上位の区別された特性について、HMDB や製薬企業の社内 FDA データベースなどのデータベースに対して、プリカーサーおよびフラグメントイオンの許容誤差 1 ppm で検索をかけ、得られた注釈の概要を表 1 に示しました。データベース検索を行った後、得られた上位のヒットの多くは、薬物または薬物の代謝物に対応することがわかりました。これには、一般的に使用されている鎮痛剤であるアセトアミノフェングルクロニド、消化性潰瘍および逆流の治療薬であるラニチジン、COPD に関連する肺感染症の治療のために抗生物質補助剤(コトリモキサゾール)として投与されるアセチルスルファメトキサゾールおよびトリメトプリム、娯楽目的で使われるコカインおよびそのバイオマーカー代謝物であるベンゾイルエクゴニンなどが含まれます5–6。使用したデータベースでは、4 つの特性が特定できませんでした。ただし、そのうち 2 つは、元素組成が暫定割り当てされ、残りの 2 つの特性のスペクトル試験により、ジクロフェナクのようなハロゲン含有医薬品の代謝抱合で生じた可能性のある分子である、二塩化物同位体パターンが存在する可能性が浮き彫りになりました。
図 3 に、表 1 にリストした暫定的な注釈の 2 つの例を、それぞれに対応する in-silico フラグメンテーションのマッチング、質量精度および同位体類似性と共に示しています。このデータにより、例えば、ベンゾイルエクゴニンと注釈付けされた特性 3.33_289.1316n について、ppm レベル以下の質量誤差(0.59 ppm)、同位体類似性(99% 超)など、正しい割り当てが行われたことへの高い信頼性が得られます。さらに、複数の in-silico フラグメントが、スペクトルのフラグメントイオンにマッチしました。これらのフラグメントイオンの質量精度はそれぞれ 2 ppm 以内でした。
精密質量の測定および詳細なフラグメンテーションマッチングによって得られる注釈の信頼性の向上に加えて、理論的な元素組成と比較して同位体パターンおよびより詳細な同位体分布を調べることにより、正確な注釈に対する信頼性がさらに得られます。図 4 に示すスペクトルは、ベンゾイルエクゴニン(C16H20N1O4)と割り当てられた特性の 2 番目の同位体ピーククラスターの拡張領域を示しています。この図では、理論的同位体プロファイル(青色)に、理論的セントロイド質量(ピンク色)、および NIST 尿分析のセントロイド処理した(ロックマス補正済み)生データ(緑色)を重ね描きしています。これからわかるように、理論データと実験データは、0.09 ppm ~ 1.86 ppm の範囲の各イオンの質量誤差の計算値ときれいに一致しており、相対存在量もほぼ同じです。表 2 のデータは、この特性(3.33_289.1316n)の同位体の相対存在量と再現性を再調査するため、理論値と再び比較しています。それぞれのメインの同位体ピークの相対存在比を、予想される理論的存在比と比較したところ、3 回の繰り返し注入の間で存在比は一貫しており、再現性が見られます。さらにこの表では、図 4 に概説した、より微細な同位体パターンの再現性も、注入間および理論値で比較しています。その結果、これらの低強度イオンの再現性が良好であることが示されました。
対象となる特性が決定され、注釈付けができた後、ノーマライズした存在量プロファイルを Progenesis QI で表示して、サンプルグループ間の代謝物レベルの変化を判定することができます。図 5 に示すプロファイルプロットでは、3 種類のサンプルグループ間における、ニコチンおよびその代謝物(コチニン、ニコチングルクロニド、コチニングルクロニド、ヒドロキシコチニン、ニコチン N-オキシド、トランスヒドロキシコチニングルクロニドなど)と注釈付けした特性の変化が浮き彫りになっています。これらの存在量プロファイルでは、存在量が予想どおりグループ間で変化しており、ニコチン代謝物は喫煙者で最高レベルで、受動喫煙者グループでは減少し、非喫煙者グループでは存在量がゼロになっていることから、この注釈の信頼性向上に役立っています。ニコチン代謝物の誤同定は、この傾向に従っていないと考えられ、除外できる可能性があります。
喫煙の生物学的影響(あるいは薬物や医薬品の影響)を完全に理解するには、すべての外因性の特性およびその代謝物を正確に特定し、それらが統計分析に影響しないように除去することが重要です。図 6 に示す PCA プロットから、外因性の特性の除去の統計的影響がわかります。これらを除去する前は、喫煙者と受動喫煙者のグループは主成分 2 に沿って分離されていましたが、ニコチンとコカインの代謝物を除去すると、これらは分離されなくなりました。この統計により、喫煙者に影響を及ぼしている基本的な生体メカニズムが、受動喫煙にさらされている人にも影響を及ぼしていることが示されています。
結論
探索メタボロミクス研究では、ルーチンに多数のサンプルの分析を行っています。これらの分析中に、低質量分解能および質量精度のばらつきが原因で、バイオマーカー候補の同定の信頼性が低下し、ダウンストリームでの結果の解釈に影響が及ぶ可能性があります。このアプリケーションノートでは、SELECT SERIES MRT で生成されたデータが UPLC およびウォーターズのメタボロミクスワークフローとどのように統合されるかに焦点を当て、装置の独自の機能によりデータの質がどのように向上するかについて説明しました。高い質量精度と高い質量分解能を、質の高い MS/MS データと組み合わせることにより、尿サンプル間で対象となる重要特性の注釈の正確性と信頼性が大幅に向上しました。さらに、重要な生体メカニズムの解釈を改善するために、分析種の暫定的な同定を判定することの重要性について説明しました。
参考文献
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