多重反射飛行時間型 MS で得られる LC-MS 微細同位体構造を用いた生体内反応の同定効率の向上
要約
血液や尿などの複雑なマトリックスが存在する場合は、潜在的に有毒な薬物の代謝物の検出および同定が困難になることがあります。検出率と同定の信頼性を向上させるために複数の分析アプローチを使用すると、コストが増加します。また、更に重要な点として、続行か中止かの判断が遅くなります。LC-MS データの特異性を高めることで、これらのボトルネックに対処することができます。
UPLC-MSE(ES+ および ES-)データインディペンデント取得(DIA)尿スクリーニングアッセイは以前、SELECT SERIES™ MRT を使用して、取り込み速度 10 Hz、システム質量分解能 > 200,000 FWHM で行われていました。プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの ppb レベルの精密質量測定により、患者の尿サンプル中に存在する 3 種類の医薬品の代謝物の同定が容易に行えるようになりました。
高質量分解能 MS と超高速高分離 LC™(UPLC™)の組み合わせを使用して、さらなる確認調査を行いました。分解能増強モード(REM)には、>300,000 FWHM のシステム分解能があり、質量精度が ppb レベルの微細同位体構造(FIS)が取得できて、非常に特異的な同定基準になります。また、元素組成の決定、代謝物同定の信頼性の高い割り当てが容易になる強力なツールです。
アプリケーションのメリット
質量分解能の向上、質量測定の正確さ、クロマトグラフィー時間スケールでの微細同位体構造により、薬物代謝物ワークフローの効率が向上します。
- 未知物質を確実に同定でき、誤検出率が低減し、分析効率が向上
- LC-MS および >300,000 FWHM の質量分解能により、複雑な生体マトリックス中の分析種の検出が向上
- ppb レベルの質量精度の微細同位体構造により、追加の基準が得られ、低分子医薬品およびその代謝物の同定の信頼性が向上
はじめに
高分解能質量分析を液体クロマトグラフィーと組み合わせることで、複雑な生物学的マトリックス中の薬物およびその代謝物の探索と同定に最適な分析ツールとなり、薬物開発ワークフローにとって有用です。質量分解能と質量精度が向上すると、化合物割り当てにおける信頼性が高まります。
SELECT SERIES MRT(図 1)は、最先端のハイブリッド四重極多重反射飛行時間型質量分析計(MRT)です1。 イオンが MRT 質量分析計を 1 回通過する MRT モードでは、取り込み速度に関係なく、高い質量分解能(>200,000 FWHM)およびルーチンの ppb レベルの質量精度の独自の組み合わせが得られます2,3。 分解能増強モード(REM)では、イオンが MRT 質量分析計を 2 回通過し、結果として、>300,000 FWHM のシステム質量分解能が得られます。
SELECT SERIES MRT に接続された超高性能 LC(システム分解能が >200,000 FWHM)を使用し、ES+/ES- で、健常ボランティア被験者のノンターゲット尿スクリーニングを行いました。この点については、他の論文に詳述されています2,3。 代謝物同定ワークフローを使用して、ナプロキセン、カルバマゼピン、アセトアミノフェンといった医薬品およびその代謝物を同定しました。>200,000 FWHM で同位体構造が得られ、複雑な生物学的マトリックス中に存在する生体内反応生成物を同定する際の信頼性が高まりました。この試験をさらに発展させ、REM を使用してサンプルを分析しました。REM により既知物質と未知物質の同定が容易になり、微細同位体分布情報を含む質量スペクトルを生成することができます。
この試験では、REM のメリットおよび現在同定済みの生体内反応生成物を実証しました(図 2)。これには、2H、13C、15N、18O、33S、34S を含む分解済み微細同位体分布が含まれます。
実験方法
サンプルの説明
ヒト尿サンプルを 1:10 希釈(H2O)
用量:カルバマゼピン(200 mg 錠 2 錠)、アセトアミノフェン(500 mg 錠 2 錠)、ナプロキセン(500 mg 錠 1 錠)。
サンプル採取のタイムポイント:薬物投与の 0、2、4、6 時間後。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY™ UPLC I-Class Premier クロマトグラフ |
カラム: |
ACQUITY UPLC HSS™ T3 C18(100 mm ×2.1 mm、1.8 μm)カラム |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
4 ℃ |
注入量: |
5 μL |
流量: |
0.5 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液(v/v) |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液(v/v) |
グラジエントテーブル
MS 条件
データ取り込み: |
ES+ および ES- |
キャピラリー電圧: |
0.8 kV/1 kV |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
イオン源温度: |
120 ºC |
コーン電圧: |
20 V |
質量範囲: |
m/z 200 ~ 600 |
取り込み速度: |
10 Hz |
取り込み/解析ソフトウェア: |
MassLynx™ v4.2 SCN1026 およびwaters_connect™ 3.1.0.243 |
結果および考察
高質量分解能により、複雑なマトリックス中の分析種のイオン選択性が向上します。ppb 単位の高い質量精度のデータにより、生成される可能性のある元素組成の数が減り、その結果、分析種の同定において高い信頼性が得られます。同位体微細構造および向上した質量精度特異性を併用して、代謝物構造推定などの低分子に関わる研究分野において、同定の信頼性を確実に改善することができます。
REM モードを利用するメリットが図 3 に示されています。>300,000 FWHM で LC-MS(10 Hz)を行うことで、アセトアミノフェン硫酸塩の 9 つのピークが、A+1 および A+2 を合わせた微細同位体分布に分解されています。これと比較して、200,000 FWHM では 6 つの微細同位体ピークが分解されています。
図 4 では、FIS が、アセトアミノフェンの既知のアセチル-S-システイン複合体について決定された 200,000 FWHM および 300,000 FWHM を使用して比較されています。FIS によって追加の同定の特異性が得られ、アセトアミノフェン-アセチル-S-システイン複合体の場合、二重極性 FIS クラスターが生じる場合があります。300,000 FWHM では、ES+/ES- での A+1 および A+2 の微細同位体分布の組み合わせについて、計 18 個の同位体ピークが分解され、これらを生体内反応のアイデンティティーの確認に使用することができます。
ヒト尿スクリーニングについては、デスメチルナプロキセン硫酸塩([M-H]- m/z 295)およびカルバマゼピンヒドロキシ硫酸塩の代謝物([M-H]- m/z 331)の同定が以前に報告されています2,3。いずれの代謝物もほとんど報告されていません4-11。しかし、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの ppb レベルの質量精度の組み合わせを、200,000 FWHM の FIS と組み合わせることで、信頼性の高い同定が容易に行えます(図 5 参照)。これらのクロマトグラフィーで共溶出する(tr 4.80)生体内反応生成物については、REM データが得られています(図 6 参照)。REM のメリットをもう一度図 6 に示します。[デスメチルナプロキセン硫酸塩-H]- の場合、FIS 分解能が向上し、A+1 と A+2 が組み合わされた [カルバマゼピン-O-硫酸-H]- の場合、10 個の FIS ピークが分解されています。カルバマゼピン-O-硫酸の場合、7 つの微細同位体分布ピークについて ppb レベルの質量精度が得られています。これらの追加の 7 つの同定ポイントにより、検出された生体内反応生成物の割り当ての信頼性が高くなります。図に示している例では、A+1 および A+2 の同位体微細構造を測定するのに十分な強度が得られています。[カルバマゼピン-O-硫酸-H]- の場合、微細同位体ピーク「d」が質量測定誤差 1.8 ppm で観察されています。これは、得られた同位体ピーク「c」からの中心データの寄与によるものです。REM の使用により、4.66 分、4.8 分、5.28 分に溶出する 3 つの成分(図 6(I))が異性体の生体内反応生成物であるということの確実性も高まりました。それぞれのシステム分解能において、測定された精密同位体構造のピークは主に、シミュレーションした同位体分布の位置に対応しています 12。
図 3.I)[アセトアミノフェン硫酸塩-H]- 200,000 FWHM について得られた 10 Hz の UPLC MRT ES- プリカーサー微細同位体スペクトル。II)[アセトアミノフェン硫酸塩-H]- 300,000 FWHM について得られた 10 Hz の UPLC MRT ES- プリカーサー微細同位体スペクトル。
結論
SELECT SERIES MRT を使用し、10 Hz の ES+ および ES- LC-MS(システム分解能 >200,000 FHWM)を用いて複雑な尿のノンターゲットスクリーニング分析を行うことで、プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンについてルーチンに ppb レベルの質量精度が得られます。MRT REM モードを使用すると、システム分解能が >300,000 に向上し、微細構造のピーク分布について、ルーチンに ppb レベルの質量精度が容易に得られます。
>200,000 および >300,000 FWHM での LC-MS 取り込みの場合、測定された FIS ピークは、主にシミュレーションされた同位体分布の位置に対応します。LC-MS の時間枠で質量分解された FIS 構造に対して ppb レベル質量精度が得られる場合、医薬品の生体外異物および代謝物の同定の信頼性が高まります。この FIS の画期的な質量測定により、同定基準のオプションが増える可能性が生じ、結果として、既知および未知の生体内反応生成物を効率的に同定できるという確信が得られます。
スルホン化ヒドロキシカルバマゼピンおよびその同位体の生体内反応物と共溶出するフェーズ II 代謝物であるデスメチルナプロキセン硫酸塩の検出において、代謝物同定の信頼性が向上することが示されました。
MRT REM 質量分析により、データ解析ワークフロー、安定同位体標識アプリケーションにおける FIS によって向上した特異性の利用など、多面的なメリットを活用することが可能になり、不活性化合物のフラグメントイオン情報が存在しない場合の追加の同定基準になります。
参考文献
- Cooper-Shepherd D, Wildgoose J, Kozlov B, Johnson WJ, Tyldesley-Worster R, Palmer M, Hoyes J, McCullagh M, Jones E, Tonge R, Marsden-Edwards E, Nixon P, Verenchikov A, and Langridge J. Novel Hybrid Quadrupole-Multireflecting Time-of-Flight Mass Spectrometry System.Journal of the American Society for Mass Spectrometry 2023 34 (2), 264–272.
- McCullagh M, Palmer M, Eatough D, Marsden-Edwards E, Langridge J, Cooper-Shepherd D. Exploring the Impact of Part Per Billion Mass Accuracy for Metabolite Identification using Multi Reflecting Time-Of-Flight MS with UPLC Part A. 720007896, April 2023.
- McCullagh M, Palmer M, Eatough D, Marsden-Edwards E, Langridge J, Cooper-Shepherd D. Exploring the Impact of Part Per Billion Mass Accuracy for Metabolite Identification using Multi Reflecting Time-Of-Flight MS with UPLC Part B. 720007889, April 2023.
- Falany CN, Ström P, Swedmark S. Sulphation of o-desmethylnaproxen and related compounds by human cytosolic sulfotransferases.Br J Clin Pharmacol.2005 Dec;60(6):632–40.
- Kiang CH, Lee C, Kushinsky S. Isolation and identification of 6- desmethylnaproxen sulfate as a new metabolite of naproxen in human plasma.Drug Metab Dispos 1989; 17: 43–8.
- Nagao T, Yukihira D, Fujimura Y, et al.Power of isotopic fine structure for unambiguous determination of metabolite elemental compositions: in silico evaluation and metabolomic application.Anal Chim Acta.2014;813:70–76.
- Lertratanangkoon K and Horning M G. Metabolism of carbamazepine.Drug Metabolism and Disposition January 1982, 10 (1) 1–10.
- Bahlmann A, Brack W, Schneider RJ, Krauss M. Carbamazepine and its metabolites in wastewater: Analytical pitfalls and occurrence in Germany and Portugal.Water Res.2014 Jun 15;57:104–14.doi: 10.1016/j.watres.2014.03.022. Epub 2014 Mar 19.PMID: 24704908.
- Richter WJ, Kriemler P, Faigle JW.(1978).Newer Aspects of the Biotransformation of Carbamazepine: Structural Characterization of Highly Polar Metabolites. In: Frigerio, A. (eds) Recent Developments in Mass Spectrometry in Biochemistry and Medicine.Springer, Boston, MA.https://doi.org/10.1007/978-1-4613-3991-5_1
- Russell JL, Spiller HA, Baker DD.Markedly elevated carbamazepine-10,11-epoxide/carbamazepine ratio in a fatal carbamazepine ingestion, Case Rep.Med.2015 (2015), 369707.
- Kerr BM, Thummel KE.Wurden CJ, Klein SM, Kroetz DL, Gonzalez FJ, Levy R, Human liver carbamazepine metabolism: Role of CYP3A4 and CYP2C8 in 10,11-epoxide formation, Biochemical Pharmacology, Volume 47, Issue 11, 1994, Pages 1969-1979, ISSN 0006–2952.
- Loos, M., Gerber, C., Corona, F., Hollender, J., Singer, H. (2015).Accelerated isotope fine structure calculation using pruned transition trees, Analytical Chemistry 87(11), 5738–5744.
720008080JA、2023 年 11 月