低分子のデータインディペンデント取得スクリーニングの利点:高分解能多重反射飛行時間型質量分析の使用
要約
完全なサンプルの特性解析を行って、既知物質および未知物質の同定を容易にするには、MSE などの広帯域の偏りのないデータ取り込みが必要です。低分子のノンターゲットデータインディペンデント取得(DIA)スクリーニングアッセイを実施しました。今回、ハイブリッド四重極多重反射飛行時間型質量分析計である SELECT SERIES™ MRT を使用することで、DIA の特異性がさらに高まることを実証します。取り込み速度に関係なく、高い分解能(>200,000 FWHM)とルーチンの ppb 単位の質量精度の独自の組み合わせが得られます。
MSE によるプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの ppb 単位の精密質量測定値をルーチンに取得できます。達成された質量精度により、より厳密な検出後データ解析の許容範囲を適用でき、これによって誤検出率が低減すると同時に低分子種の同定の信頼性が向上します。1900 を超える分析種のレファレンス保持時間(tr)、プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの精密質量データに基づいて、データを Waters™ 法中毒学ライブラリーと比較しました。データ解析の許容範囲として tr(+/-0.35 分)および質量精度(+/-2 ppm)、診断フラグメントイオンのカウント 1 以上、予想フラグメントイオンの許容範囲(+/-0.2 mDa)を適用しました。
アプリケーションのメリット
- 低分子のプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの ppb 単位の質量精度による DIA MSE 性能の向上
- より厳密なデータ解析パラメーター(許容範囲がプリカーサーイオンで 2 ppm、フラグメントイオンで 0.2 mDa)の適用
- 質量分解能の向上による画期的な質量測定により、インフォマティクスのアウトプットが向上し、薬物を取り巻く状況が絶えず変化する中で、既知物質と未知物質の同定という分析の課題に対処できる可能性を実現
はじめに
法中毒学ラボでは、乱用薬物、処方薬をはじめとする毒物を同定するために、広範なスクリーニング手法を用いて、複雑な生物学的サンプルを頻繁に分析する必要があります。新しい向精神物質の絶え間ない出現が、分析上の大きな課題になっています。高分解能質量分析法(飛行時間(TOF)分析など)が、中毒学スクリーニングに使用されることが増えています。広帯域データインディペンデント取得(DIA)は以前、法医学サンプルのノンターゲットスクリーニングに適用されていました。これまでにも、高分解能質量分析テクノロジー(HRMS(20,000 FWHM))が無制限で偏りのないデータセットの取り込みに使用されており、ノンターゲットワークフローおよびターゲットワークフローに使用できるプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの情報が含まれるサンプルの完全なプロファイルが得られていました1-3。 MSE モードを使用して DIA を行いました。これは、低エネルギーと高エネルギーを交互に使用して、それぞれインタクトプリカーサーイオンとフラグメントイオンの情報を得る、フルスキャン取り込みメソッドです。この手法の性質により、データを過去に遡って調べることができます。元素式、レファレンス tr、高エネルギーフラグメントイオン情報で構成される大規模なライブラリーとの比較は、同定の特異性と選択性を高めるために必須であり、これにより効率が改善され、誤検出率が低減されます。
この試験では、最先端のハイブリッド四重極多重反射飛行時間型質量分析計である SELECT SERIES MRT(図 1)を使用して、匿名化した真正ヒト尿サンプルの分析を行います。ここでは、高質量分解能(200,000 FWHM を超える)を使用することで、DIA の特異性がさらに高まることを実証します。
実験方法
サンプルの説明
法中毒学 QC システム適合性試験混合液(SST、10 成分混合液、製品番号:186007361)
水で 1:10 希釈した真正ヒト尿サンプル
ライブラリー:法中毒学 ES+(1975 エントリー)
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC™ I-Class Premier クロマトグラフ |
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カラム: |
ACQUITY UPLC HSS C18(150 mm × 2.1 mm、1.8 μm)カラム |
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カラム温度: |
50 ℃ |
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サンプル温度: |
6 ℃ |
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注入量: |
5 μL |
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流量: |
0.4 mL/分 |
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移動相 A: |
ギ酸で pH 3 に調整した 5 mM 水系ギ酸アンモニウムバッファー |
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移動相 B: |
0.1%(v/v)ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエントテーブル
MS 条件
データ取り込み: |
ES+ |
キャピラリー電圧: |
0.8 kV |
脱溶媒温度: |
500 ℃ |
イオン源温度: |
120 ℃ |
コーン電圧: |
20V |
コリジョンエネルギーランプ: |
15 ~ 40 eV |
質量範囲: |
m/z 50 ~ 2400 |
MSE 取り込みレート: |
10 Hz |
データの分析および視覚化: |
MassLynx™ v4.2 SCN1026 および waters_connect 3.1.0.243、Tibco Spotfire® 6.0.0 ソフトウェア(カリフォルニア州パロアルト) |
結果および考察
一連の匿名化した真正ヒト尿サンプルのデータ分析を行いました。違法薬物、農薬、処方薬、市販(OTC)薬を含む 1975 種類の中毒学上重要な分析種の tr、プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの精密質量データに基づいて、データをウォーターズ法医中毒学ライブラリーと比較しました。
真正ヒト尿サンプルのスクリーニングを行う前に、SST 混合液を使用してシステム性能を評価しました。保持時間の許容範囲(tr)±0.35 分、プリカーサーイオンの質量精度の許容範囲 ±2 ppm、質量の許容範囲が 0.2 mDa の診断フラグメントイオンが 1 つ以上存在すること、という条件を使用してデータを解析しました。SST 混合液(250 pg/µL)では質量誤差(RMS)が 522 ppb になりました。希釈系列(2.5 pg/µL ~ 500 pg/µL)について、SST 混合液成分の質量精度の RMS 誤差を図 2 に示します。
ライブラリーと比較して SST 混合液の分析種がすべて同定されて、厳密な質量精度データ解析パラメーターを使用できることが確認されました。これにより、プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの同定の特異性が高くなり、結果として誤検出の低減に役立ちました。
複雑な分析の場合、MRT を使用して得られる質量分解能により、マトリックスからの干渉物と目的の分析種を区別することができ、通常 ppb 単位の質量精度が得られます。ルーチンの ppb 単位の質量精度の性能の例を、クロザピン MSE フラグメントイオンスペクトルについて示し(図 3 を参照)、質量分解能 130000 FWHM の例を、m/z 84.08078 のフラグメントについて示します。
真正尿サンプルを解析する際も、同じ厳格な許容基準を適用し、中毒学ライブラリーと比較しました。行った同定には、違法薬物および処方薬、およびそれらの代謝物、ならびに食品成分および内因性成分が含まれていました。例として、サンプル「103」では、オキシコドンが誤検出として除外されています。メタンフェタミンは質量測定誤差 87 ppb、メサドンは -83 ppb で同定されています(図 4 参照)。薬物の代謝物および食品から生じる化合物も同定されており、これらの化合物についての全体的な質量測定誤差は 511 ppb(RMS)であったことから、真の同定が行えたという確信が得られます。
ルーチンに得られる ppb 単位の質量精度をソフトウェアツールと組み合わせることで、娯楽薬の使用に起因する陽性同定の判定において、信頼性が高まり、時間効率の良い戦略になります。サンプル「51」の場合、繰り返し分析により、違法薬物、処方薬、OTC 薬を含む多剤使用が特定されたことが確認されました。同定された低分子医薬品の組み合わせが図 5 に示されています。同定された薬物クラスが多様であることから、分析上の課題が浮き彫りになり、偏りのない DIA が必要な理由が明らかになりました。ニコチン、カフェイン、および対応する代謝物に加えて、計 14 種類の「薬物」化合物、7 種類の薬物代謝物、および内因性の尿マトリックスに由来する分子種が同定されました。
本研究において、アンフェタミン(m/z 136.11207)、メタンフェタミン(m/z 150.12773)、プソイドエフェドリン(m/z 166.12264)、MDA(m/z 180.10191)を評価するために、特別な調査を行いました。これらの薬物は、質量分析計のイオン源/トランスファーイオン光学系から付与されたエネルギーのために、不安定なフラグメンテーションの影響を受ける可能性があります。図 4 に、メタンフェタミンの最小フラグメンテーションを示します。一方、LCMS 分析条件下では、アンフェタミンについて不安定なフラグメンテーションが観察されます。ただし、プリカーサーイオン(m/z 136.11207)では、低エネルギースペクトル中でベースピークイオンが生じています(図 6)。ダイレクト分析注入を使用して装置パラメーターを最適化し、不安定なフラグメンテーションを減らしました。アンフェタミンの場合、低温(100 ℃)では、イオン源の温度を下げることで不安定なフラグメンテーションが大幅に減ります(図 6 の挿入図)。
結論
高い質量分解能により、イオン選択性が向上し、複雑なマトリックス中の分析種の検出が向上します。SELECT SERIES MRT 装置のルーチンの ppb 単位の質量精度性能により、質の高い質量分析データが生成され、ノンターゲットスクリーニングワークフローを使用して分析種の元素組成を確実に決定することができます。向上した質量精度による特異性を活用して、絶えず変化し続ける薬物を巡る状況において、低分子薬物に関わる分析研究における同定の信頼性を向上させることができます。ソフトウェアツールは、データセットからの使用可能なすべての情報を十分に最大化するための重要な要素であり、データの質とインフォマティクス機能の間には共生関係が存在します。分析効率を向上させるために、厳密なデータ解析の許容範囲を安心して適用できます。保持時間、プリカーサーイオン、ppb 単位の質量精度のフラグメントイオンを使用して、違法薬物がすべてのサンプル中で同定されました。すべてのサンプルにおいて、その他の娯楽薬や OTC 薬についても陽性となりました。
参考文献
- Rosano TG, Wood M, Ihenetu K, Swift TA.Drug Screening in Medical Examiner Casework by High-Resolution Mass Spectrometry (UPLC–MSE-TOF).Journal of Analytical Toxicology, Volume 37, Issue 8, October 2013, Pages 580–593.
- Twohig M, Aubin AJ, Hudalla CJ.Characterization of Δ8-THC Distillates using Non-Targeted Screening with High Resolution Mass Spectrometry.Waters Corporation, Application Note.Library number.720007720.October 2022.
- Bonn B, Leandersson C, Fontaine F, Zamora I. Enhanced metabolite identification with MS(E) and a semi-automated software for structural elucidation.Rapid Commun Mass Spectrom. 2010 Nov 15;24(21):3127-38.
720008047JA、2023 年 10 月