アメリカミズアブの昆虫タンパク質の潜在的アレルゲンスクリーニングのワークフロー
要約
持続可能な食糧源に対する需要により、代替タンパク質が新たなトピックとなっています。しかし、このような新しい食品および関連する原材料の安全性や、これらを食べることで生じるアレルギー反応が健康に及ぼす危険性などが、重要な懸念事項として残されています。このアプリケーションブリーフでは、アメリカミズアブの昆虫タンパク質中の潜在的アレルゲンをスクリーニングするための、LC-MS(ACQUITY UPLC M-Class および SYNAPT XS 質量分析計)に Progenesis QI インフォマティクスを組み合わせたシンプルなワークフローを実証しています。検出された 47 種のタンパク質のうち、潜在的アレルゲン性に関して 21 種には強いエビデンス、9 種には弱いエビデンスがそれぞれあり、17 種にはエビデンスがないことがわかりました。このワークフローは、直感的で、アレルゲン性に関するリスク評価が必要な他の種類の新規食品にも適用できます。
アプリケーションのメリット
- フォローしやすいワークフローで昆虫タンパク質中のアレルゲンをスクリーニング
- ProteinWorks により、タンパク質消化向けの簡素化したキットベースのアプローチが提供される
- Progenesis QI for Proteomics のガイド付きメニューにより、データ解析の複数のステージ間をシームレスに移動
はじめに
世界人口が増加し、持続可能な食糧源が求められる中で、代替タンパク質のソースとして、昆虫に期待が寄せられています。動物性食品の世界的な生産レベルは、空気、水、土壌の汚染や、生産に伴う自然資源の使用により環境に重大な圧力を負荷しています。2050 年には主要なタンパク質生産のニーズが 50% 増加すると予測されています。一方、現時点で耕作可能な土地の 85% が既に使用されています。昆虫の飼育に必要な土地は、一般的な動物性食品と比較すると大幅に少なくて済みます。更に昆虫は、人類が食べられない、もしくは食べたがらないバイオマスから栄養分を回収し、食物のバリューチェーンに戻すことで、循環型経済に貢献します1。 アメリカミズアブ(BSF)などの昆虫は、大規模な飼育に適しており、廃棄物の価値化における最善の選択肢の 1 つでもあります。更に、BSF のタンパク質には高レベルの必須アミノ酸が含まれており、牛肉と同等の鉄分、カルシウム、亜鉛などの微量栄養素のバイオアベイラビリティーがあることが知られています2。 一方で、新規食品の安全性や、それらを食べることで生じるアレルギー反応が健康に及ぼす危険性などが、重要な懸念として残されています。食品アレルゲンの大半はタンパク質です。昆虫と、甲殻類や軟体動物などの他の無脊椎動物は、密接に関連しているため、それらの間に交差反応が発生する可能性があります。トロポミオシン、ミオシン、アルギニンキナーゼは、甲殻類と昆虫の間で交差反応を起こす主要アレルゲンであることがわかっています3。 そのため、貝類を食べるとアレルギーが出る消費者は、昆虫を食べてもアレルギーが出る可能性が非常に高いです。したがって、このような懸念に対処し、代替タンパク質の摂取に対する消費者の信頼を高めることが重要になります4。 タンパク質を含む新規食品を評価する際、それらにアレルゲン性があると既定で想定します。新規食品のアレルゲン性を検討する際には、特にタンパク質、その由来(分類上の関連性を含む)などの組成、製造工程、交差反応についての情報を含む実験データおよびヒトデータの利用可能性を考慮する必要があります。これは、感作についての入手可能な情報、アレルギー反応の症例報告を集めるための包括的文献レビューからなり、新規タンパク質のアレルギー成分を特性解析するための分析化学によるサポートが必要とされます。
このアプリケーションブリーフでは、BSF タンパク質のサンプルをケーススタディーとして用いて、分析ワークフローを使用し、非ターゲットの方式で新規タンパク質中の潜在的アレルゲンをスクリーニングする方法を実証しています。
結果および考察
BSF タンパク質の 2 つの異なるバッチを、図 1 に示す概略ワークフローを使用して 3 回繰り返しで分析しました。
抽出した BSF タンパク質溶液を ProteinWorks Auto-eXpress Low Digest キット(製品番号:176004078)の 5 ステップのプロトコルで処理しました。この際、トリプシン消化を ProteinWorks が推奨している 45 ℃ で 2 時間の代わりに、37 ℃ で一晩行いました。次に、上清を UDMSE 取り込み用の 97/3/0.1 H2O/ACN/FA で 10 倍希釈しました。
分析は、nanoEase M/Z HSS T3 カラム、100 Å、1.8 µm、75 µm × 250 mm(製品番号:186008818)を搭載したACQUITY UPLC M-Class および SYNAPT XS 質量分析計を用いて行いました。データは、ポジティブイオン化モードで、UDMSE 取り込みモードを用いて取り込みました。代表的な抽出クロマトグラムを図 2 に示します。
生データを Progenesis QI for Proteomics にインポートし、クロマトグラフィーアライメント、データの正規化、ピーク選択を自動的に行いました。計 2,473 種のペプチドが、FDR 1% 未満、固定修飾(システインのカルバミドメチル化)、可変修飾(メチオニンの酸化)に設定したイオンアカウンティング同定ワークフローを用い、レビュー済みの Insecta および Hermetia illucens UniProt データベースを使用して同定されました。
Progenesis QI for Proteomics では、同定したペプチドに基づいて、選択したタンパク質のレビューが直感的かつ容易に行えます。例えば、トロポニンの個別のペプチドイオンの特性を図 3 に示します。ここでは、外れ値にタグ付けすることで、同定を更に絞り込むことができます。レビューの後、47 種のタンパク質が最終候補リストに残りました。
AllerCatPro5 は、無料でオンライン利用できる包括的なモデルで、5 つの主要データベース(IUIS、UniProtKB、Allergome、COMPARE、FARRP)を統合することで、タンパク質の潜在的アレルゲン性を予測できます。最終候補リストに残った 47 種のタンパク質は、FASTA 型式で提示され、タンパク質ごとにアレルゲン性に関して強いエビデンス、弱いエビデンス、エビデンスなしというランク付けをした結果の表が出力されます。検出された 47 種のタンパク質のうち、潜在的アレルゲン性に関して 21 種には強いエビデンス、9 種には弱いエビデンスがそれぞれあり、17 種にはエビデンスがないことがわかりました。
表 1 にアレルゲン性に関して強いエビデンス、弱いエビデンス、エビデンスなしのタンパク質のリストをまとめています。BSF タンパク質中に検出されたトロポミオシン、ミオシン、アルギニンキナーゼはすべて、甲殻類と昆虫の間で交差反応を起こす主要アレルゲンとして知られています5。 潜在的アレルゲン性の危険性が同定された場合、新規食品および原料をそれらについて in vitro アレルゲン性試験で更に調査する必要があります。
結論
結論として、分析ワークフローを使用して、BSF タンパク質中に存在する潜在的アレルゲンのスクリーニングを行う方法を実証しました。新規食品および原材料の食品安全性評価は、多くの地域における規制要件であるだけでなく、消費者の懸念に対処して、代替タンパク質の消費における信頼関係を構築するための重要なステップです。このワークフローは直感的で、その他の種類の新しい新規代替タンパク質にも適用できます。
謝辞
これは Waters International Food と Water Research Centre(IFWRC、シンガポール)および AgriProtein Singapore による連携プロジェクトの一環です。BSF のサンプルを提供して頂き、昆虫タンパク質の分野の専門知識を供与して頂いた Insect Technology Group に感謝いたします。
参考文献
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- Romero M R, Claydon A J, Fitches E C, Wakefield M E, Charlton A J. Sequence Homology of the Fly Proteins Tropomyosin, Arginine Kinase and Myosin Light Chain with Known Allergens in Invertebrates. J Insects as Food Feed, 2016, 2, 69–81.
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720007491JA、2022 年 1 月