SELECT SERIES™ MRT による分解能と質量精度の向上による代謝物構造解析の改善
体外診断(IVD)目的です。一部の国/地域では提供されていません。
要約
このアプリケーションブリーフでは、質量分解能と質量精度が向上した SELECT SERIES MRT がヒト血漿サンプルの分析にもたらすメリットを紹介しています。
アプリケーションのメリット
はじめに
ヒトメタボロームの研究により、健康および疾患進行に関する重要な情報を得ることができます。また、ターゲットを定めたオーダーメイド医療の決定に役立ちます。ディスカバリーメタボロミクス試験における重要な新規バイオマーカーの同定には、高分解能質量分析が日常的に利用されています。これにより、暫定的なバイオマーカー同定のための、再現性のある精密質量の情報が得られます。この質量情報の信頼性は未知分子を同定する上で極めて重要になる場合があり、質量精度の変化によって同定に失敗すると、最終的な生物学的解釈のミスに至る可能性があります。
飛行時間(Tof)質量分析計で得られる質量分解能は、対象イオンが真空中を移動できる距離に依存し、装置の飛行チューブの長さに比例します。そのため、ラボのスペースや装置の設計により、従来の Tof 装置では質量分解能が制限されます。さらに、長い飛行経路でのイオン透過率の低下やリフレクトロングリッドの存在により、これらの装置の感度に大きな影響が出る可能性があります。
実験方法
ヒト血漿のサンプル前処理
血漿サンプルは、新型コロナウィルス感染症と診断された男性患者 6 名から採取しました。重症度により、患者を軽症と重症の 2 群に分類しました。軽症群の患者は入院中に 1 回血液サンプルの採取を受け、重症群の 2 名はそれぞれ、入院中に計 3 回の血液サンプル採取を受けました。
各血漿サンプルから、メチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)抽出法 [1] を用いて脂質および低分子を抽出しました。簡単に説明すると、サンプル 100 µL を 800 µL の MTBE と混合し、続いて 200 µL のメタノールを加えました。その後、サンプルを 2 ~ 8 ℃ で 2 時間インキュベートしてから、300 µL の水を加えて相分離を行いました。サンプルは次に、2 分間ボルテックス混合してから 4 ℃ で 10 分間、4,500 g で遠心分離しました。
遠心分離後、各抽出物の上層の有機脂質相を下相を乱さないように慎重に除去し、別々の HPLC バイアルに移しました。この相を窒素下で乾燥させ、IPA に再溶解して、以後の分析用に -80 ℃ で保管しました。次に、ペレットを乱さないように下層の水相を慎重に除去して HPLC バイアルに移し、窒素下で乾燥させた後 MeCN 水溶液に再溶解し、ディスカバリー親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)プロファイリング法により分析しました。
上に概説したように、抽出の前に各試験サンプルの一部を合わせて、プールした品質管理(QC)サンプルを追加で調製しました。分析データの品質を保証するために、この QC サンプルを 10 回の試験サンプルごとに注入しました。液体クロマトグラフィー分離は、表 1 に概説したパラメーターを用いて HILIC によって実施しました。
SELECT SERIES の MRT データはすべて、20 ~ 40 eV のコリジョンエネルギーのランプを使用して、ポジティブおよびネガティブの ESI 極性の両方で、コンティナム MSE モードで取り込みました。最適な Tof 分解能を得るために、MS は EFP(拡張飛行経路)モードで動作させました。ESI キャピラリー電圧は 2.0 kV、ソース温度は 120 ℃、脱溶媒温度は 500 ℃、ガス設定はコーンガス流量と脱溶媒ガス流量をそれぞれ 50 L/時および 800 L/時に設定しました。データは、m/z 50 ~ 2400 の質量範囲にわたって、スキャン時間 0.1 分で取り込みました。
結果および考察
SELECT SERIES MRT の独自の飛行時間(Tof)設計により、装置のサイズやイオン透過の損失について妥協することなく、従来の Tof 装置と比較してイオンの飛行経路を最大 50 m 延ばすことができます。図 1 に、グリッドレスミラーリフレクトロンを備えた装置の概略図を示します。グリッドレスミラーリフレクトロンは、チューブの各経路を通過するイオンを失うことなく複数の反射を可能にする上で重要な役割を果たします。
表 2 に、内因性化合物の例をさらに 5 つ示します。ここでは、測定された m/z 値の質量精度を、化合物の注釈の理論質量に照らして計算しました。MRT データの質量精度は大幅に向上しており、すべての化合物が 21 ~ 134 ppb の範囲で ppm 以下の質量精度を示しました。この質量精度と高い質量分解能により、分子の元素組成をより確実に決定でき、化合物の注釈付けと同定の精度を向上させることができます。
効率的で有効な LC-MS ベースのメタボロミクスを行うには、質量分析計で高い MS 分解能を維持しつつ、検出される LC ピークを正しく定義するのに十分な速度でデータを取り込むことが重要です。これにより、LC での分離が MS 内で維持され、ピークを正確に波形解析できるようになります。SELECT SERIES MRT は、最大 20 スペクトル/秒の取り込み速度を有するため、UPLC 分離で幅の狭い分析種のピークを生成する場合に必要な高速スキャンデータ取り込みにおいても、高い質量分解能と質量精度を維持することができます。図 2 に示すアセチルカルニチンの抽出イオンクロマトグラムでは、MRT で 28 回のスキャンにわたってデータを収集した 6 秒のピークで得られたデータポイントの数を示します。これにより、SELECT SERIES を定性的分析だけでなく化合物の定量にも使用できる可能性が実証されました。さらに、クロマトグラフィーピーク全体の異なるポイントでの個々のスキャンからのスペクトルを見ると、高い質量分解能を維持しつつ、低強度および高強度のピーク全体にわたって質量が安定していることがわかります。
高質量分解能の装置のメリットは、正確な質量精度だけではありません。MRT で提供される高い質量精度により、データベース検索から返される同定結果における信頼性が高まります。さらに、MRT によって実証された質量分解能の向上により、従来の高分解能プラットホームでは困難な、非常に類似した精密質量を持つ分析種の検出も可能になります。図 3 に示すスペクトルの例は、血漿サンプルの 1 つにおける保持時間 tR = 1.5 分の脂質のピークから得たものです。最初のスペクトル(図 3A)は、m/z = 758.5705 の脂質のプリカーサーイオンの MRT から得られたデータで、対応する同位体イオンの分布と、m/z = 760.5859 のイオンの周辺領域を拡大した図を示しています。ここでは、224,770 FWHM の質量分解能により、2 つの明確なイオン([1] m/z = 760.5779 および [2] m/z = 760.5859)が見られますが、53,372 FWHM の低質量分解能で同じ領域を調べた場合、1 つのイオンしか見られません(図 3B)。個々のイオンピークを調べると、図 3 のピーク(2)は、m/z = 758.5705(ピーク(1))の脂質の 3 番目の同位体ピークではなく、別の共溶出する脂質に対応しています。この点は、2 つの共溶出する脂質の質量を LIPID MAPS データベース [2] に対して検索した図 4 でさらに浮き彫りになっています。スレッシュホールドは m/z +/- 0.01 m/z に設定し、結果は、可能性のある注釈として a)PC 34:2(m/z = 758.5705 [M+H]+)および b)PC 34:1(m/z = 760.5859 [M+H]+)を示しています。13C 同位体の存在(元素組成 = 12C41 13C 1H80 14N 16O8 31P)に対応するピーク a1 と a2 の間の質量差が 1.003 Da と測定されました。イオン a2 と a3 の間の質量差も 1.003 Da であり、PC(34:2)の 3 番目の同位体ピークおよび 2 つの 13C 同位体の存在に対応しています。結果として、イオン a2 と b1 の差は、13C 同位体の存在による差よりも大きく、したがって 2 番目の共溶出する脂質に起因すると考えられます。さらに、図 4 および図 5 で注釈を付けた脂質の tR = 1.5 分のスペクトルと M+K+ 付加イオンをさらに調査すると、PC (34:2)の詳細な同位体パターンが明らかになり(図 5)、41K の同位体ピークが 13C 39K イオンと PC (34:1)M+39k+ イオンから容易に分離しています。
結論
バイオマーカーディスカバリー試験では、再現性の高い高精度の質量測定が必要です。特にメタボロミクスは、データベース検索の結果としての信頼性が高く、正確な同定に大きく依存します。SELECT SERIES MRT 装置は、高い質量分解能を示しつつ、ppb レベルでの高い質量精度を提供するため、正確度の高い化合物同定が行えて、確実な構造解析が可能になります。Tof テクノロジーのよく知られた利点として、迅速なスキャンが可能で、定量的データセットおよび定性的データセットを提供できることが挙げられます。今回概説したデータでは、UPLC ベースの分離を使用して定量データを収集する能力を示しており、一般的には、高い質量精度と分解能を維持しつつ、10 秒未満の幅のピークプロファイルにわたって 25 を超えるデータポイントが提供されます。
参考文献
- Matyash V., Liebisch G., Kurzchalia TV., Schevchenko A., Schwudke D., Lipid Extraction by Methyl-Tert-Butyl Ether for High-Throughput Lipidomics.Journal of Lipid Research, 49(5):1137–46.
- Fahy E., Subramaniam S., Murphy R., Nishijima M., Raetz C., Shimizu T., Spener F., Van Meer G., Wakelam M., and Dennis E. Update of the Lipid Maps® Comprehensive Classification System for Lipids. , Journal of Lipid Research 50, S9–S14 (2009).
720007753JA、2022 年 10 月