バイナリー高圧混合溶媒送液機能を搭載した完全に生体適合する LC システムにより、耐腐食性システムを必要とする高塩濃度アプリケーション用の生体分子分析法を実行できる柔軟性を維持しつつ、最高精度の結果が得られます。本アプリケーションノートでは、低流量や低割合の有機組成の経時的な変化の影響など、ペプチドマッピングアプリケーションに一般的な、困難な分析条件の影響に焦点を当てています。このような分析条件の組み合わせは、多くの LC システムで、システムの混合動作の非効率さにある程度起因する保持時間の大きな変動やベースラインノイズの原因となります。バイナリーベースの生体適合 ACQUITY UPLC H-Class PLUS システムを使用して生成されたデータは、信頼性が高く正確なデータの極めて重要な特性である高い再現性を示します。さらに、トリフルオロ酢酸が含まれている移動相を使用するために特別に設計されたミキサーで、ベースラインノイズが大幅に低減し、シグナル対ノイズ比が向上し、分析感度が向上することが示されています。ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio バイナリーシステムに加え、バイナリー高圧混合ポンプを搭載した他社製の 2 つの LC システムを、保持時間の再現性とベースラインノイズに対する影響について評価しました。
完全に生体適合するバイナリーベースの LC システムは、耐腐食性の流路を必要とする生体分子分析法の実行に柔軟性を提供しながら、困難な分析法のための最高度のグラジエント精度も提供します。ペプチドマッピング分析法は、グラジエントの精度と複数回の注入にわたる再現性の点で課題が多い分析法の 1 つであり、ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio バイナリーシステムの性能を検討するための理想的なアプリケーションです。このアプリケーションノートでは、ポンプ性能の 2 つの重要な側面である、グラジエント送液の再現性(複数回の注入にわたる保持時間の精度によって測定)および混合効率(算出されたノイズおよびシグナル対ノイズ値によって測定)に焦点を当てていきます。
高圧混合バイナリーポンプの溶媒送液メカニズムは、特定の分析条件下で、クオータナリー混合ポンプおよびターナリー混合ポンプなどの低圧混合ポンプと比較して、優れたグラジエント精度を提供することが示されています。これらの分析条件には、低流量、および一般に緩やかなグラジエントと呼ばれる、経時変化が小さいグラジエント組成が含まれます1。これらの緩やかなグラジエントの使用が必要なアプリケーション分野は複数あり、その最も一般的なのはペプチドマッピングです。複雑なペプチドの混合物が生成される可能性のあるタンパク質の酵素消化では、同定および/または定量する目的で個々のペプチドをクロマトグラフィー分離するために、多くの場合は低流速で実施する高分離能の緩やかなグラジエントが必要です。高圧バイナリー混合ポンプでも、これらの困難なプログラムされた分析法で再現性のある送液をすることが課題となる場合があります。ペプチド溶出は有機組成のわずかな変化によっても影響を受けるため、グラジエント組成の送液での分析内および分析間の変動が、注入間の保持時間の変動として従来から観測されています。
再現性のあるグラジエント送液をするには、特にミキサーで独立した流路が組み合わされる高圧混合システムで、システム混合が十分で再現性があることが重要です。混合の再現性がなく、注入ごとに分析カラムに送液される組成がわずかに異なる場合、保持時間の差や変動が認められることがあります。さらに、トリフルオロ酢酸などの UV カットオフ値が低い添加剤の使用が必要なペプチド分析法では、混合不足による移動相組成の不均一性により、再現性のない、「波」のような高いベースラインとして現れる場合があります。これは、添加剤と、データ収集に必要な波長(214 nm)の両方の関数です。特に低濃度の不純物については、対象ピークの保持時間付近でベースラインに「低下」や「ふくらみ」があると、ピークの波形解析やピーク面積に大きな影響を与え、定量結果が疑わしくなります。ベースラインが不安定な領域でピークが溶出すると、ピークの始まりと終りを判定するのが困難になります。つまり、ピークの一部がベースラインより下になることがあるため、波形解析された面積がピークの真の面積でないことがあり、定量の不正確性および/または一貫性の欠如につながります。さらに、不十分な混合の影響は、強度の小さいピークで悪化します。本アプリケーションノートでは、さまざまな LC システムの間のグラジエント送液の精度と混合効率の効果について、詳しく調べられています。
本研究では、ウォーターズのモノクローナル抗体トリプシン消化標準試料(製品番号 186009126)を使用しています。この標準試料を、100 μL の 0.1% トリフルオロ酢酸水溶液中に再溶解しました(移動相 A)。ブランク注入には同じ 0.1% トリフルオロ酢酸水溶液(移動相 A)を使用しました。
LC 条件 |
|
---|---|
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システム、バイナリーソルベントマネージャーを搭載 |
検出: |
10 mm の分析用フローセル付き TUV:214 nm、10 Hz |
カラム: |
ACQUITY UPLC Peptide CSH C18 カラム、130 Å、1.7 μm、2.1 mm × 150 mm(製品番号:186006938) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
10 μL |
流速: |
メソッド 1 - 0.5 mL/分 メソッド 2 - 0.2 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% トリフルオロ酢酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% トリフルオロ酢酸含有アセトニトリル |
メソッド 1 |
||||
---|---|---|---|---|
時間(分) |
流速(mL/分) |
%A |
%B |
カーブ |
0.0 |
0.500 |
99 |
1 |
-- |
1.3 |
0.500 |
99 |
1 |
6 |
24.7 |
0.500 |
60 |
40 |
6 |
27.0 |
0.500 |
35 |
65 |
6 |
30.3 |
0.500 |
35 |
65 |
6 |
33.0 |
0.500 |
99 |
1 |
6 |
40.0 |
0.500 |
99 |
1 |
6 |
メソッド 2 |
||||
---|---|---|---|---|
時間(分) |
流速(mL/分) |
%A |
%B |
カーブ |
0.0 |
0.200 |
99 |
1 |
-- |
3.3 |
0.200 |
99 |
1 |
6 |
96.7 |
0.200 |
60 |
40 |
6 |
102.5 |
0.200 |
35 |
65 |
6 |
110.8 |
0.200 |
35 |
65 |
6 |
117.5 |
0.200 |
99 |
1 |
6 |
135.0 |
0.200 |
99 |
1 |
6 |
クロマトグラフィーソフトウェア: |
Empower 3、FR 3 |
ペプチド分析法の再現性は、単位時間あたりの組成の変化やカラム容量の影響を受けます。この影響を示すために、2 つのメソッドを実行しました。最初のメソッドでは、流速 0.5 mL/分、23.4 分間で 99:1 から 40:60 までのグラジエント変化を使用しました(カラム容量あたり溶媒 B の変化が約 1% に相当)。2 番目のメソッドでは、流速 0.2 mL/分、93.4 分間で 99:1 から 60:40 までのグラジエント変化を使用しました(カラム容量あたり溶媒 B の変化が約 0.5% に相当)。
メソッド 1(0.5 mL/分および 23.4 分のグラジエント)は、流速が大きく、グラジエント勾配が減少しているため、ポンプが確実に送液できる比較的「容易」なグラジエントです。この分析法では、ポンプによって 23.4 分間で組成変化 39%(つまり、1.7%/分)が送液されることが必要です。バイナリーポンプでは、ポンプ A とポンプ B の相対流速を調整することで、グラジエント組成を変化します。この例では、ポンプ A は流速を合計流速の 1.7%、つまり毎分約 8.5 μL 減らしました。逆に、ポンプ B では流速を同じ量で増加させて、得られた流速は常に 0.5 mL/分です。上述のとおり、送液の精度を評価する簡単な方法は、複数回の注入にわたって得られる保持時間を調べることです。図 1 に、新しい ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio バイナリーシステムを用いてメソッド 1 で取り込まれた典型的な分析の 6 回の繰り返し注入のクロマトグラムの重ね書きが示されています。
見たところ、保持時間は非常に一貫しているように思われます。データをさらに深く掘り下げて調べるために、グラジエント送液の精度をモニターするためにグラジエント全体にわたって 8 つのピークを選択しました。8 つのラベル付けしたピークの保持時間の平均の保持時間変動は、6 回の繰り返し注入にわたってわずか 0.16 秒でした。生体適合バイナリーウォーターズシステムで取り込んだ結果を、2 つの他社製 LC システム(これらもグラジエント送液にバイナリーポンプを使用)で同じ分析法を実施した結果と比較すると、これらはすべて明らかに同様に実行しています(表 1)。
分析したシステムすべての中で、ピーク保持時間で認められた最も大きい変動は 0.4 秒未満でした。システムの性能はほぼ同じでしたが、混合、システム容量やその他の設計要因などの装置の違いに基づく選択性のわずかな違いがありました(データは示されていない)。一般的な分析流速でより急なグラジエントの分析法でも、すべてのシステムは同様に動作しました。
メソッド 2 は、流速を 0.2 mL/分に減らし、約 93 分間で 99:1 から 60:40 までのグラジエントを用いた、より困難な分析条件です。長いグラジエントでは、高圧バイナリー混合システムであっても、再現性よくポンプで送液することが困難な場合があります。プログラムされたグラジエントにより、93 分間に組成を 39% 変化して(おおよそ 1 分あたり2.4% の組成変化に相当)送液します。2.4% の変化は、各ポンプヘッドでの 1 分あたり流速のわずか 4.8 μL の変化に相当します。これは、最初の例で示した μL の変化の約 1/2 です。同じ結果を複数回の注入や複数日などにわたって得るには、並外れたレベルの送液精度が必要です。図 2 に、ウォーターズの Bio バイナリー LC システムでメソッド 2 を使用して得られた 6 回の繰り返し注入が示されています。
メソッド 1 と同様に、得られたクロマトグラムを目で見たところ、結果には再現性があります。 強調表示されている 8 つのピークの平均の保持時間の標準偏差は 1.5 秒でした。繰り返しになりますが、メソッド 2 ではより厳しい分析条件が必要であることから、この偏差の増加は予想外ではありません。同じ分析法に対して 2 つの他社製のシステムで得られた結果と比較した場合、ウォーターズのシステムは、グラジエント全体にわたって明らかに再現性がより良好なグラジエントを提供しています(表 2)。
他社製システム B の場合、取り込んだ 6 回の繰り返し注入のうち、データに歪みがある 2 回の問題がある注入があったことに注意してください。1 回の注入ではグラジエントの初期に大きい変動が見られ(ピーク 1 および 2 に影響)、1 回の注入ではグラジエントの終了時に大きい変動が見られました(ピーク 7 および 8 に影響)。この一貫性の欠如は、ピークの選択性と分離に関してもクロマトグラフィーに影響を及ぼし、ピークの適切な同定および定量における課題となります(データは示されていない)。信頼性の高いサンプルデータを生成するには、あらゆる注入に信頼性の高い高精度な方法で分析条件を提供できるシステムがあることが重要です。
上記で概説したように、溶媒混合も質の高い結果を生成するために重要な役割を果たします。分析カラムへの送液の前に溶媒の混合が不十分または不完全な場合も、注入間の保持時間の変動の一因になることがあります。TFA を使用することで、非効率的な混合を確認する機能が向上します。これは通常ベースラインに見られます。各システムの混合動作については、メソッド 1 の場合、流速が大きく、グラジエントがより急勾配であるために、不十分な混合によるベースラインの乱れが少なくなるので、出荷時にシステムに同梱されている小容量のミキサーを使用しました。表 3 に、評価を行った 3 つのシステムについて、ブランク注入で得られたグラジエントの 3 領域でのピーク間ノイズの測定結果が示されています。
このデータには 2 つの主要な傾向が示されています。まず第一に、全てのシステムでグラジエントの早期に高いノイズ値が見られること、第二に、概説した分析条件を用いたノイズの計算値が、全てのシステムで非常に類似した結果になったことです。
ベースラインの懸念に対処するため、LC ベンダーは通常、TFA の使用が必要なアプリケーションでは、より大きなミキサーを使用することを推奨します。これによってベースラインが平らになり、一貫したクロマトグラフィーが得られ、波形解析および定量の再現性と精度が改善され、シグナル対ノイズ比が向上します。さらに、流速の減少および/またはグラジエントの傾きの減少があると、均一な混合がより困難になります。
これらのクロマトグラムは、TFA を使用するアプリケーションではより大きいミキサーが推奨される理由を明確に示しており、ベースラインが大幅に滑らかになっています。より小さい既定のミキサーを使用すると、ベースラインノイズが顕著になり、ピークの波形解析および定量に悪影響を与え、対象ピークの全体的なシグナル対ノイズ比が低減する可能性もあります。改善が視覚的に確認できることに加えて、表 4 により、大きい TFA ミキサーを使用することで、ノイズの測定値が、特に混合の効果が最も容易に見られる早期に、大幅に低減(3 倍以上)したことが示されています。
ベースラインノイズが低減しているときのシグナル対ノイズ比の向上が明らかであり、グラジエントの初期部分に溶出する小さなピークを詳しく調べました。ミキサーを標準容量 50 μL から推奨容量 340 μL に変更すると、5 回の繰り返し注入にわたる平均シグナル対ノイズ比が s/n = 1.9 から s/n = 5.1 に増加しました(図 4)。これにより、低レベルのピークを表示する性能が向上するだけでなく、波形解析および定量する性能も、より信頼性が高くなり、再現できるようになります。ミキサーの容量を変更すると、システム容量が変わり、ピーク保持時間が変わることに留意してください(図 4)。
お客様は、使用する分析条件とは無関係に、信頼性が高く正確なデータを提供する生体適合システムを求めています。この新しい完全に生体に適合するバイナリーベースのシステムは、耐腐食性の流路によって柔軟性を提供すると同時に、困難なペプチドマッピング分析法で、最高レベルのグラジエント精度を提供します。他の 2 つのバイナリーベースの UHPLC システムを含む比較で、ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio バイナリーシステムは、困難なペプチド分析法に対して最も再現性の高い保持時間を実現しました。さらに、TFA を用いるアプリケーションにおけるより大きなミキサーの導入により、ベースラインが大幅に改善され、その結果、、ピークを同定、波形解析、定量する機能を向上させることができます。
720007078JA、2020 年 11 月