リン酸基やカルボン酸基などの電子豊富な分子が含まれている分析種には、クロマトグラフィーシステムおよびカラム全体で金属表面とのキレート化の影響を受けやすいという性質があります。これにより、ピーク形状が悪くなり、感度、堅牢性および再現性が低下することがよくあります。これらはすべて、バイオアナリシス分析法の開発に悪影響を与える可能性があります。MaxPeak High Performance Surface(HPS)を採用した ACQUITY Premier システムおよび ACQUITY Premier カラムは、クロマトグラフィーの選択性に影響を及ぼすことなく、金属キレート化を防ぐ、化学的に不活性なハイブリッド有機-無機表面を提供することにより、この問題を軽減します。
このアプリケーションノートでは、ヒト血漿抽出物中のヒドロコルチゾンリン酸とデキサメタゾンリン酸の定量に、この新型の表面を使用した場合の影響について示しています。ACQUITY Premier システムと ACQUITY Premier カラムを使用することにより、ヒドロコルチゾンリン酸では定量下限(LLOQ)が 10 倍向上し、デキサメタゾンリン酸では LLOQ が 7.5 倍向上できました。さらに、全体的なクロマトグラフィー性能が向上した結果、特に低濃度においてピーク形状が改善し、堅牢で再現性のあるピークの波形解析が実現しました。
優れたピーク形状、よりシンプルなピークの波形解析および感度の向上
バイオアナリシスを行うラボでは、全身濃度が低い候補薬の薬物動態(PK)をより適切に定義することを目指している場合や、前臨床試験や小児科の試験の分析でより少量のサンプル使用が必要になる場合があるため、常に感度の向上に努めています。長年にわたる MS 装置とサンプル抽出手順の絶え間ない進歩により、より低濃度の定量下限が達成され、対象薬物をより綿密に調査できるようになりました。ただし、現行の装置プラットホームには、金属キレート化が問題となる可能性がある特定のクラスの分析種について、依然として大きな課題が残っています。例として、リン酸基(ATP など)、非荷電アミン、脱プロトン化カルボン酸基(クエン酸塩、乳酸塩など)を含む特定の化合物が挙げられます。これらの化合物は電子が豊富で、LC システムで使用されているステンレススチールなどの金属表面に容易に吸着されます。これがバイオアナリシス分析法に悪影響を及ぼし、結果として分析法開発が複雑になり、データ分析に時間がかかり、分析感度が不十分で、再現性が低下する可能性があります。これらの問題に対処するために、移動相の添加剤としてキレート試薬を採用し、PEEK チューブで配管し、さらにシステム不動態化処理を実施しています1。ただし、これらの解決法は非恒久的であったり、DMSO などの溶媒に対応せず、分析種のイオン化効率が低下して感度が低下するなどの理由から、理想的とは言えません1。
これらの問題に対処するため、ウォーターズは MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)と呼ばれる新しいクラスのテクノロジーを開発しました。ACQUITY Premier の MaxPeak HPS は、架橋エチルハイブリッドシリカと化学的に類似した、回復力のある高度に架橋された層で構成されています1。 MaxPeak HPS は、金属表面との望ましくない相互作用を軽減する非常に有効な表面バリアを提供します。ここでは、例としてヒドロコルチゾンリン酸とデキサメタゾンリン酸ナトリウムを用いて、バイオアナリシスでの MaxPeak HPS を採用した ACQUITY Premier ソリューションの利点を強調します。デキサメタゾンリン酸およびヒドロコルチゾンリン酸は、内分泌障害、ならびに関節炎、乾癬、狼瘡、および潰瘍性大腸炎などの免疫疾患やアレルギー性疾患の治療に使用される抗炎症性コルチコステロイドです2。 デキサメタゾンリン酸は、重度の呼吸器症状のある新型コロナウイルス感染症患者にも推奨されています3。 したがって、これらの化合物に対する検出感度の向上に非常に大きな関心がもたれています。
凍結乾燥したヒドロコルチゾンリン酸とデキサメタゾンリン酸を DMSO に溶解し、1 mg/mL の原液を作成しました。これらの原液をさらに 5% メタノール水溶液で希釈して、100 μg/mL および 10 μg/mL の作業用標準溶液を作成しました。次に、これらの作業用標準溶液をヒト血漿にスパイクして、ヒドロコルチゾンリン酸について 5 ~ 1000 ng/mL、デキサメタゾンリン酸について 1 ~ 1000 ng/mL の濃度範囲の検量線を生成しました。各サンプル 100 μL ずつをマイクロ遠心チューブに移し、300 μL のメタノールを使用して抽出を行いました。サンプルをボルテックス混合し、13,000 rcf で 10 分間遠心分離しました。上清 200 μL を LC-MS バイアルに移し、分析に使用しました。
QuanOptimize を使用して、両方の分析種のための MRM 分析法を開発しました。分析には、一般的なグラジエントを使用した短時間の LC 分析法を使用しました。分析法の詳細は以下のとおりです。
LC 条件 |
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LC システム: |
ACQUITY Premier または ACQUITY UPLC I-Class |
検出: |
Xevo TQ-XS |
カラム: |
ACQUITY Premier HSS T3、1.8 μm、2.1 × 50 mm または ACQUITY UPLC HSS T3、1.8 μm、2.1 × 50 mm |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
5 ℃ |
注入量: |
10 μL |
流速: |
600 μL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸含有アセトニトリル |
グラジエント: |
移動相 B 5 ~ 75%/2.5 分 |
MS システム: |
Xevo TQ-XS |
イオン化モード: |
ポジティブイオンエレクトロスプレー |
取り込み範囲: |
MRM |
キャピラリー電圧: |
3 kV |
ヒドロコルチゾンリン酸: |
443.19 > 327.15 |
デキサメタゾンリン酸: |
473.32 > 435.16 |
MS ソフトウェア: |
MassLynx v4.2 |
インフォマティクス: |
TargetLynx XS |
ヒドロコルチゾンリン酸およびデキサメタゾンリン酸は、その物理化学的特性により、ステンレススチール表面に容易に吸着します。この現象は低濃度でさらに悪化し、ほぼすべての分析種がニードル、トランスファーチューブ、プレヒーター、およびカラムハードウェアに吸着して失われる可能性があります。化学的に不活性な表面を流路全体で使用することで、このような相互作用を軽減できれば、検出器に到達する分析種の量が増え、それによって達成できる定量下限(LLOQ)が改善し、アッセイの精度を向上できる可能性があります。
この仮説を検証するために、上記の手順を使用して検量線と QC サンプルを抽出し、ACQUITY Premier カラムを装着した ACQUITY Premier システムおよび標準の ACQUITY UPLC カラムを装着した従来の ACQUITY UPLC システムに注入しました。
図 1A の上のクロマトグラムに見られるように、ACQUITY Premier カラムを装着した ACQUITY Premier システムを使用した場合、ヒドロコルチゾンリン酸について、LLOQ が 5 ng/mL で S/N 比が 15 を超えていました。図 1a の下段は、同じサンプルを従来の ACQUITY LC システムと UPLC カラムに注入したクロマトグラムを示しています。下のクロマトグラムのピークは、強度がはるかに低く、S/N 比は 3 未満であり、特に低濃度のサンプルの場合、再現性に影響を与える可能性のある日間 CV および日内 CV がはるかに高くなることがあります。同様に、図 1B の上のクロマトグラムに示されているように、デキサメタゾンリン酸については、LLOQ が 1 ng/mL で S/N 比が 10 を超えていました。一方、同じサンプルを従来の LC システムに注入したクロマトグラムでは、図 1B の下のクロマトグラムに示されているように、S/N 比が 4 未満の非常に低強度のピークが見られました。図 1C は、ヒドロコルチゾンリン酸について、2 つのシステムで 50 ng/mL で得られたレスポンスを比較しています。この濃度は、標準の ACQUITY カラムを装着した標準の ACQUITY LC システムで正確に定量できる最低濃度です。ACQUITY Premier システム/カラムで認められたシグナルは、ピーク面積レスポンスが大幅に高いことに加えて、同じ波形解析パラメーターを使用して標準のハードウェアで観察されたピークと比較して形状がより対称的であるため、より再現性の高い波形解析が行えます。図 1 は、7.5 ng/mL デキサメタゾンリン酸のクロマトグラムを比較しています。この濃度は、標準のシステムとカラムの組み合わせで観察された下限値です。両システムでのピーク面積レスポンスとピーク形状は類似しています。ただし、標準システム/カラムに 7.5 ng/mL 未満の濃度で注入した場合は、ピークがまったく見られないか、正確な波形解析ができない再現性の悪いピークしか得られませんでした。この再現性の低下は、分析種のシステムへの吸着に起因する可能性があります。ACQUITY Premier カラムを装着した ACQUITY Premier システムでは、7.5 ng/mL から 1 ng/mL までのすべての濃度で、正確な波形解析ができる明瞭なクロマトグラフィーピークが得られ、ピークは濃度の増加に応じて直線的に増加しました。
ACQUITY Premier システムおよび ACQUITY Premier カラムを使用した場合、重み付け係数 1/x を使用して 5 ~ 1000 ng/mL のヒドロコルチゾンリン酸で r2 > 0.993 の検量線が得られ、1 ~ 1000 ng/mL のデキサメタゾンリン酸で、r2 > 0.992 の検量線が得られました(表 1A)。ヒドロコルチゾンリン酸の検量線の傾きと切片はそれぞれ 0.043 と 0.054、デキサメタゾンリン酸の検量線の傾きと切片はそれぞれ 0.119 と 0.129 でした。これらの値が 0 に近いということは、検量線のバイアスがほとんどないことを意味します。したがって、これらの検量線を使用することで、未知サンプルをより正確に定量することができます。このことは、LLOQ レベルおよび低、中、高の QC レベルの分析種について計算した正確度および精度についての統計データによって確認できます。ヒドロコルチゾンリン酸の場合、正確度は 98 ~ 102% で、精度は 11% 未満でした(表 1B)。デキサメタゾンリン酸の場合、正確度と精度の値はそれぞれ 92 ~ 112% および 8% 未満でした(図 1C)。
ヒドロコルチゾンリン酸(図 2A)およびデキサメタゾンリン酸(図 2B)の低、中、高の QC レベルでの代表的なクロマトグラムでは、両方の分析種の面積カウントが、濃度に依存して直線的に増加していることが示されています。
標準の LC およびカラムハードウェアで金属に吸着しやすい化合物を定量する場合、ピーク形状が悪くなり、再現性が低下するため、低い LLOQ を達成できなくなります。
ACQUITY Premier システムと ACQUITY Premier カラムの組み合わせを使用することで、ヒドロコルチゾンリン酸およびデキサメタゾンリン酸について以下のことを達成できました。
720007095JA、2021 年 2 月 改訂