バルサルタンおよび 6 種の遺伝毒性不純物の混合物の分析のために、Analytical Quality by Design(AQbD)のアプローチを使用した超高速液体クロマトグラフィー分析法を開発しました。DryLab、Empower、Waters の各システムを使用して、分析法開発のプロセスを自動化しました。最終的な分析法では、HSS T3 カラム(10 cm × 2.1 × 1.7 µm)、有機溶媒としてメタノール、および 0.1% ギ酸水溶液の水系移動相を使用しました。開発した分析法では、優れた頑健性と再現性が見られました。例えば、標準混合物でのピークの保持時間の相対標準偏差(%RSD)は、3 日間にわたる分析で 0.9% でした。これらの結果は、AQbD アプローチおよび自動化ソフトウェアを使用することで、分析法についての深い知見が得られることを示しています。また、その結果として、非常に頑健で再現性の高い分析法を開発できることを示しています。
遺伝毒性不純物は、メカニズムにかかわらず、遺伝物質の有害な変化の原因となる物質として ICH S2 (R1) ガイドラインで定義されています1。 このような不純物に主に懸念されることは、非常に低濃度でも、ヒト細胞と相互作用して変異およびがんを引き起こす可能性があることです。そのため、遺伝毒性不純物はすべて避ける必要があり、避けられない場合は、規定のレベル以下に低減する必要があります。バルサルタン、ロサルタン、イルベサルタンなど、様々なアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)中のこれらの不純物が出現したことにより、これらの薬品の市場から広範な製品リコールが発生し、この問題には、米国 FDA および欧州医薬品庁(EMA)などの規制当局が注目するようになりました。 規制を遵守するためには、これらの化合物の分析に使用する分析法が、正確で頑健、かつ高感度であることが非常に重要です。頑健で正確な分析法を開発する方法として、分析法開発プロセスにおける Analytical Quality by Design(AQbD)の原則の採用が挙げられます。AQbD は分析法開発の体系的なアプローチで、事前に定義された目標から開始して、分析法の性能に対するクロマトグラフィーの要因の影響を合理的に把握していきます2。 このアプローチでは、複数の変数のスクリーニングが行われ、試験する要因が分析法の性能に与える影響について幅広い情報が得られます。この情報は、分析法の性能基準を満たすことが確認された要因の多次元の組み合わせに対応する、Method Operable Design Region(MODR)を確立するために使用します。このアプローチの成果として、ライフサイクル全体にわたって期待される性能を提供でき、目的に適合し、適切に設計され、理解しやすく、堅牢な分析法が開発できます3,4。
このアプリケーションノートでは、ソフトウェア支援 AQbD アプローチを導入して、バルサルタン標準試料および 6 種の遺伝毒性不純物(NDMA、NMBA、NDEA、NEIPA、NDIPA、NDBA)の分析のための分析法開発を行いました。
ACQUITY UPLC H-Class システムにカラムマネージャおよび溶媒選択バルブを装備して実験を行い、幅広い条件で自動化された探索を行うことができました。
この試験では AQbD ソフトウェアとして、DryLab4 分析法開発ソフトウェアを使用しました。ACQUITY UPLC H-Class PLUS システムでの分析法開発における AQbD の原則の詳細については、以前のアプリケーションノートに記載しています5。
バルサルタンおよび 6 種のニトロソアミン(遺伝毒性不純物)はすべて Toronto Research Chemicals(カナダ、オンタリオ、North York)から購入しました。これらの化合物の原液は、それぞれの標準試料の必要量を正確に計量し、メタノールに溶解して調製しました。次に、これらの原液を用いて、バルサルタンとすべての不純物を含む混合試料を調製しました。この混合試料は、各標準試料の原液をサンプル溶媒の 80/20(v/v)水/メタノールに希釈して調製しました。混合試料中の各分析種の最終濃度は、バルサルタンが約 0.1 mg/mL で、各不純物は約 0.07 mg/mL でした。これらの化合物の名前や分子量などの詳細を以下の表 1 に示します。
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class システム、クオータナリーソルベントマネージャー(QSM)、サンプルマネージャー(FTN)、カラムマネージャー、2 つの CM 補助カラムマネージャー、PDA 検出器、QDa 質量検出器を搭載 |
検出: |
PDA および QDa |
カラム: |
HSS T3 カラム、2.1 × 100 mm、1.8 µm pH 範囲:1 ~ 8 |
カラム温度: |
30 ~ 60 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
3 µL |
流速: |
0.4 |
移動相 A: |
0.1% (v/v) ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
アセトニトリルおよびメタノール |
グラジエント: |
2 ~ 98% B/5 分または 15 分。グラジエントは t = 0 に開始し、2 分間の最終ホールドを行ってから、初期条件に戻しました。 |
UV 検出: |
245 nm |
MS システム: |
ACQUITY QDa 質量検出器 |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
100 ~ 500 Da |
キャピラリー電圧: |
0.8 kV |
ソース温度: |
600 ℃ |
コーン電圧: |
15 V |
クロマトグラフィーソフトウェア: |
Empower 3 クロマトグラフィーデータシステムおよび DryLab4 |
MS ソフトウェア: |
Empower 3 |
上述したように、Analytical Quality by Design は、事前に定義された目標から始める分析法開発の体系的アプローチであり、健全な科学に基づいています。分析法開発に AQbD の原則を採用することで、分析法の性能に与える様々なクロマトグラフィーの影響をより良く理解できるようになります。更に、分析法の性能の目標がすべて満たされる頑健なデザインスペースの定義が容易になります。このデザインスペースは、このスペースの範囲内での調整は変更とみなされないため、規制面で柔軟性であり、「規制当局の承認後プロセス」を必要としません6。 DryLab は市販の AQbD ソフトウェアです。DryLab を Empower と組み合わせて使用し、AQbD の原則に適合した分析法開発を行います。また、必要な分析法すべてを CDS(Empower)内で作成することで、分析法開発プロセス全体を自動化できます。自動分析法開発プロセス用の DryLab - Empower のワークフローには、図 1 に示すような複数のステップが含まれます。各ステップの詳細を、以下に記載します。
ICH によると、実験計画法(DOE)は、「プロセスに影響を与える要因と、そのプロセスのアウトプットとの関係を決定するための構造化、組織化された分析法」と定義されています。DryLab は、DOE アプローチを使用して、AQbD の原則に適合する頑健な LC 分析法を開発します。AQbD 分析法開発プロセスのこの部分では、リニアグラジエントのワーキングメソッドを選択し、最適化が必要な変数を定義します。試験対象の変数の種類・数に応じて、ソフトウェア内で分析法開発にいくつかの実験デザインが使用できます。この試験では、3 変数(3D)実験デザインを選択しました。この DOE グラジエント時間では、試験する変数として、3 元モディファイヤー組成(メタノール)および温度のすべてを選択しました。この試験に含まれる実験数の合計は、図 2 に詳細に記載しているように 12 実験です。DOE は選択後に Empower にエクスポートされ、これらの実験に必要なすべてのメソッドおよびメソッドセットが作成されました。また、必要なすべてのコンディショニング/平衡化メソッドおよびメソッドセットも作成して、エクスポートしました。DryLab ソフトウェア内でワンクリック操作するだけで、この作業が自動的かつシームレスに行われました。この自動化機能は、Empower CDS および Waters システムでのみ可能です。これらの実験のためにメソッドおよびメソッドセットを手動で作成する時間を節約することで、分析法開発にかかる時間を大幅に短縮できるため、この機能は特に有用です。また、転記ミスをなくすこともできます。
図 2. 3D DOE およびこの研究で試験したすべての変数が表示されている DryLab ソフトウェアのスクリーンショット
実験がすべて実施された後、データが、Empower で解析されてから、DryLab ソフトウェアにインポートされます。Empower での解析には、得られたクロマトグラムにあるすべての目的のピークのみを波形解析し、これらのピークの分離度、テーリング、対称性などの重要なクロマトグラフィーパラメーターを計算する作業が含まれています。次に、12 の異なるクロマトグラムにわたって、ピークが自動的にトラッキングされます。DryLab ソフトウェアのピークトラッキングの大半は、ピーク面積に基づいています。この機能を用いることで、妥当な精度でピークのトラッキングを行えますが、手動ピーク割り当てが必要になることもあります。例えば、共溶出の場合、ソフトウェアでは、共溶出するピークの手動の「スプリット」や、ピーク位置の並べ替え・順序変更を行うことで、より正確なピークトラッキングが可能になります。 このソフトウェアのもう 1 つの重要な機能は、分析種の分子質量を利用して、より正確なトラッキングを可能にすることです。ソフトウェアは、すべてのピークについて Apex m/z(ACQUITY QDa 質量検出器)の値も自動的にインポートするため、ピークのトラッキングが正確に行われていることが確認できます。
次に、データが解析され、すべてのピークがトラッキングされた後、ソフトウェアが自動的にモデルを構築し、希望するピーク間の分離が達成できる条件の組み合わせを示すマップを作成します。ここで、混合物に含まれる分析種に対応する 7 本のピークに加えて、未知の不純物による追加のピークが 3 本現れることに注意してください。結果として、2 つの分離マップが作成されました。1 つは 10 本のピークで得られたマップで、もう 1 つは 7 本のピークのみで得られたマップです。 図 3 に、12 回の実験に基づいて得られた分離マップを示します。図 3A に見られるように、元のリニアグラジエントプロファイルである 2 ~ 98 %B(100% メタノール)および tG= 25 分を使用することで、すべてのピークがよく分離しました(クリティカルペアの分離度、Rs,crit,= 1.6)。一方、目的の 7 本のピークのみを考慮すると、図 3B に示すように、非常に広範な実験条件で、すべての分析種についてベースライン分離が得られます。更に、同一条件でのモデリングで、7 つの分析種のピークのみを考慮した場合、クリティカルペアの最低分離度 17.6 の達成が予測されました。バルサルタンおよび 6 種の GTI の分離が本研究の目標であるため、以降の実験ではこれらの分析種の分離にのみ注目することにしました。
分析法開発プロセスのこの部分では、過去の実験のモデル(図 3B)から得られた最終的な分析法の頑健性を評価しました。この評価では、選択したワーキングポイントでの装置の許容限界と、分析法の変数やパラメーターの変動により発生する可能性のあるフェイルを考慮に入れています。図 4A は最終的な分析法の頑健性評価と、様々なクロマトグラフィーパラメーターにおける装置の許容限界を示しています。評価の結果、7 本のピークすべての間での 最低分離度 16 が、すべての分析にわたって 100% 得られることが分かります。
更に、頑健性評価により、ルーチン使用時に予測される分離度の範囲と、分離に最大の影響を及ぼす分析法のパラメーターがすべて示されました。例えば、本研究では、図 4B に示すように、 分離度に影響を及ぼす最も重要なパラメーターは、 流速とグラジエント時間の 2 つでした。このように重要な分離パラメーターを特定することで、より効率の良い分析法管理戦略に役立ちます。
頑健性評価に基づいて予測された結果を検証するために、これらの結果を分析種の実際の実験と比較することが重要でした。そのため、頑健性評価で得られた最終条件で、複数の検証実験を実施しました。これらの実験では、予測された性能が、観察された性能と一致していることが示されました。例えば、表 2 に示すように、実際にワーキングポイント条件の予測(クリティカルペアの分離度 17.6)を検証しました。この実験を 3 日間にわたって 15 回繰り返して行い、分析法の再現性を試験しました。開発した分析法の再現性は非常に高いことがわかり、すべての分析において、保持時間、ピーク面積、分離度の %RSD 値が 1% 未満でした。3 日間にわたるすべての結果を、表 2 にまとめています。図 5 に、この実験の 1 日目の 5 回繰り返し注入を示しています。
720007033JA、2020 年 12 月